コラム

EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか?

2024年05月29日(水)10時14分

■競争力のある自国メーカーの育成を

但し、EVも太陽電池も、その生産能力が中国に偏っていることは問題である。2023年の中国のEV生産台数は959万台で世界の7割近くを占めた。太陽電池においてもセルの段階で見ると中国が世界の生産の82%を占めている。これらは人類がこれから気候変動という共通の敵に立ち向かっていくうえでEVと太陽電池は必要であるが、それらを入手しようとすると中国に対する貿易赤字が拡大してしまうのでは他国の不満が募るのも当然である。

ただ、このような不均衡を直していくのに保護関税を用いる国があるとすれば、それはその国におけるEVと太陽電池の高値をもたらし、EVシフトや再生可能エネルギーへの転換の足を引っ張ることになる。保護関税によるのではなく、直接投資の受け入れ促進によって自国の生産能力を増やしていくべきであろう。

でもそうしたら中国メーカーに国内市場を席巻(せっけん)されて、国民の間に「脅威だ」とか「悔しい」といった感情が生まれるかもしれない。それならば中国メーカーと競争できるような自国メーカーを育成することを考えるべきである。もし効果があるのであれば政府から投資をしてもよい。日本政府は2021年度から2023年度にかけて4兆円もの補助金を半導体産業の育成のために支出した。日本が直面する最大の課題は少子高齢化と温室効果ガスの排出削減であるが、半導体はこれらの課題解決に直接貢献するものではないし、間接的に貢献するのかも疑わしい。それよりも温室効果ガスの削減にダイレクトに貢献する再生可能エネルギーやEVの普及に投資する方が、政府の財政資金の使い方としてより納得感があるのではないだろうか。

中国学.comより転載

◇ ◇ ◇


注1)中国の太陽電池生産能力はM. Zaharia, P. Kongkunakornkul, R. Talwani, and S. Sen. “What Overcapacity”, Reuters. April 11, 2024. 2023年の新規設置規模は、IEA-PVPS, Snapshot of Global PV Markets 2024, April 2024.

注2)このデータの出所である国際エネルギー機関(IEA)では、純電動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCEV)の合計を電気自動車(EV)としている。中国では「新エネルギー車」という言葉を用いるが、これもIEAのいうEVと意味は同じである。2023年は世界でBEVが950万台、PHEVが430万台、FCEVが8900台販売された。

注3)IEA, Global EV Outlook 2024, April 2024.

ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story