コラム

EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか?

2024年05月29日(水)10時14分

■中国とアメリカは

中国の公約は2060年に温室効果ガス排出の実質ゼロであるが、EVと再生可能エネルギーの導入においてはすでに世界一である。2023年の中国のEV販売台数は810万台で、世界の59%を占めた。2023年の中国の太陽光発電設備の新設は235~277GWでやはり世界の6割前後であった。世界の需要が今後も急増することが見込まれ、かつ中国国内の需要が全体の6割前後を占めているとなれば、中国のメーカーが前のめりで生産能力の増強に励むのも当然である。その勢いをくじくことは果たして地球温暖化防止に益するであろうか。ましてアメリカのように中国産EVと太陽電池に高率の輸入関税をかけるならば、アメリカ国内のEVと太陽電池の値段がそれによって釣り上がり、アメリカにおけるEVシフトと再生可能エネルギーの導入を遅らせるであろう。

バイデン政権がこのタイミングで中国に対する制裁関税の引き上げを行ったのは来る大統領選挙向けのアピールだとの解釈がもっぱらである。もしトランプが次期大統領になればまず間違いなく排出実質ゼロの公約を反古(ほご)にするだろうから、ここはバイデンの選挙狙いの近視眼的な判断には目をつぶり、彼が再選されて理性的な判断能力を取り戻すのを待った方がいいのかもしれない。

■差別化商品における「過剰生産能力」

過剰生産能力の問題を考えるにあたってもう一つ重要な視点は、EVや太陽電池のような差別化された商品における過剰生産能力は、標準化された商品のケースとは現れ方が違うという点である。一般的な鋼材や基礎化学品など標準化商品の場合、生産能力の過剰があるときは業界の企業がほぼ一様に苦しい思いをする。いずれかのメーカーが生産性において決定的な差をつけない限り、どのメーカーも稼働率低下に悩むことになる。標準化商品の場合は業界で需要予測を共有して過剰な生産能力を形成しないように心がけることが重要である。政府が情報共有を促進する役割を果たすこともできるであろう。

一方、差別化商品の場合、メーカーによって過剰生産能力の有無や規模が異なる。競争力のない製品を作っているメーカーは製品が売れないので生産能力がだぶつく一方、競争力のあるメーカーは生産能力がむしろ不足するかもしれない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story