コラム

肝心な時にアクセルを踏み込めない日本企業

2022年08月18日(木)10時07分

ところが、事業の赤字を長年我慢して開発に力を注ぎ、いよいよ世界で需要が立ち上がってきて、後発の外国のライバルたちがアクセル全開で大規模な投資に踏み切ろうとしているときに、日本企業はなぜかいつもクールに構えているのである。事業分野の選択という大局的な戦略では大成功したのに、どのタイミングで大規模な投資に乗り出すのかという戦術的判断において日本企業は外国のライバルとは異なる判断を下す。

太陽電池の生産量において2006年まで世界のトップを独走していたシャープは、その後の5年間で世界での年間太陽電池導入量が22倍に拡大するなかで、生産量をわずか2倍に増やしただけだった。そのため、後発のドイツ、アメリカ、中国のメーカーにどんどん追い抜かれ、2011年には世界10位にまで後退してしまった。

こうして世界市場の爆発的拡大というチャンスを逸したシャープの幹部が2011年秋にどのような戦略を描いていたかというと、「中国メーカーがなかなか追いつけないような匠の世界を目指す」というものだった(丸川、2013)。

この言葉が何を意味するのか、いま一つ明確ではないが、おそらく高度な製造技術を用いて製品差別化を図るということを言おうとしたのだと思う。だが、もし世界の太陽電池市場がすでに飽和していて、企業間で限られた市場のパイを巡って争わなければならない状況であれば製品差別化は有効であったかもしれないが、2011年時点では世界の太陽電池市場はまだそのような状況になかった。なにしろ5年間で22倍という急成長が起きていたし、2011年3月に東日本大震災と福島第一原発の事故が起きたことで、国内外で太陽光発電への期待が膨らんでいた。実際、その後の6年間で世界の太陽電池市場はさらに3.3倍に拡大した。

足りない能力増強資金

つまり、2011年の時点でも求められていたのは太陽電池産業の量的拡大であった。そのような時期に製品差別化戦略を打ち出すのは「奇策」というほかない。シャープに戦略が欠落していたというよりも変な戦略を採っていたのである。

市場が量的拡大を求めている時に、日本企業はなぜ生産能力の増強というごく普通の経営判断ができないのだろうか。それは外国のライバル企業に比べて投資の資金が不足していたからである。

外国のライバルは、例えば太陽電池におけるQセルズ(ドイツ)、サンテック(中国)、ファーストソーラー(アメリカ)、EVにおけるテスラ(アメリカ)、BYD(中国)、車載電池におけるCATL(寧徳時代・中国)、LGエナジー(韓国)など、いずれも当該分野に特化した専門メーカーである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story