コラム

新疆の人権状況を改善するにはどうしたらよいのか?

2021年04月20日(火)19時20分

2009年7月5日にウルムチで大規模な民族間の衝突が起き、当局発表で197人が死亡する惨事となったが、そのきっかけもそうした出稼ぎだった。2009年7月13日付の『日本経済新聞』は、2006年頃には地方政府によって出稼ぎに行くことを強要された人が多かったというウイグル族男性の証言を紹介している。

おそらく無理な出稼ぎの送出が遠因となって、2009年6月に広東省の出稼ぎ先の玩具工場でウイグル族と漢族の従業員が衝突する事件があり、2人のウイグル族が死亡した。このニュースがネットを通じてウルムチに伝わり、7月の大暴動の引き金となった。そうした苦い経験への反省からか、ASPIのレポートを見る限り、近年では女性ばかりが出稼ぎに送られているようである。

ASPIのレポートは近年の出稼ぎも強制だと主張するが、日経新聞のような生々しい証言はなく、又聞きの話として、「再教育」施設に入っていた人が「出稼ぎに行くか、それともこのまま再教育施設に留まるかどちらかだ」と言われた、という話を紹介するのみである。

私の見るところ、前回のコラムで検討した南疆内での綿摘みの出稼ぎ労働に比べると、新疆から中国沿海部の工場への出稼ぎは物理的・心理的な移動距離が大きいため、無理な出稼ぎ送出になるリスクは相対的に高い。ただ、ASPIのレポートで名前が挙がっているようなグローバル企業は、企業の社会的責任(CSR)を果たすためにサプライヤーにおける労働環境や人権への配慮が適切に行われているかどうかを監督しているはずである。

信憑性がある不妊手術の強制

私は中国の広東省でグローバル企業に金属食器を納入している中国企業の工場を見学したことがあるが、抜き打ちでやってくる検査に備えてふだんから工場内の安全管理や5Sに心がけていることが見て取れた。ASPIのレポートがきっかけとなって、グローバル企業が中国のサプライヤーにおける少数民族の人権にも目を光らせるようになればいいと思うが、「ウイグル族を雇っているから強制労働だ」と即断すべきではないし、グローバル企業に対してウイグル族を雇うサプライヤーを使うなと圧力をかけるべきでもない。そんなことをすればウイグル族の失業をもたらすばかりである。

ウイグル族に対する人権侵害が懸念されている他の問題についても簡単に検討しておきたい。ジャーナリストのミストレアヌ(2021)は国外に脱出したウイグル族女性たちに取材して人権侵害に関する多くの証言を得ている。なかでも衝撃的なのは不妊手術を強制されたという証言である。これに対して中国人は、出生政策において少数民族は漢族より優遇されてきたと反発する(なお、2017年に新疆人口・計画生育条例が改正され、今では民族を問わず一組の夫婦につき子供は都市では2人まで、農村では3人までとされている)。だが、私はこの話は信憑性があると思う。この女性は子供を3人産んだ後にこれ以上産むなと言われて不妊手術を強制されたといっている。これはウイグル族が出生政策において優遇されていたという話と矛盾しない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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