コラム

GDP統計の修正で浮かび上がった中国の南北問題

2020年07月10日(金)16時30分

国家統計局は2013年頃からこうした改革の方針を示し、2015年からの実施を目指すとしていた。改革の実施は遅れてしまったが、改革方針をアナウンスした効果はあったようで、地方政府による誇大報告は2014年以降次第に収まっていった。遼寧省や内モンゴル自治区などはこれまでGDPを水増ししていたことを事実上認め、2016年と2017年にGDPの実額を大幅に下方修正した。

そしていよいよ今年から省レベルのGDP統計を中央政府が作成することになった。そのための準備として、まず2019年には省レベルの統計局が市レベルのGDP統計を作成した。2019年に省レベルのGDPに大幅な変化があったのは、この第一段階の改革の成果であろう。

水増しや過少報告が修正された2019年の各省のGDPを見てみると、これまでの中国経済に対する見方を大きく変えなければならないことに気づく。今までの常識は、「中国は沿海部が発展しているが、内陸部は貧しい」というものであった。しかし、修正されたGDP統計から見えてくる現実は、「中国には南北問題がある。南は発展しているが、北は没落している」というものである。内陸部の所得はたしかに相対的に低いが、近年成長が著しく、沿海部との差を詰めている地域も少なくない。

中国各省のGDP成長率(2019年).jpg
成長率で見ると、緑色の東北部が遅れているのが明かだ

国有企業が負の資産に

次の表は1人あたりGDPにおいて、全国で31ある省・市・自治区のうち各地域が第何位かを示したものである。2014年は水増しや過少報告が修正される以前、2019年は修正後の状況を示している。天津市は度重なる水増しによって2011年から2015年まで全国第1位であった。北京市、上海市よりも上だったのである。

maruchart0710.png

筆写作成

しかし、その当時から天津市が全国1位だとはとても信じられなかった。さまざまな産業が発展している北京、上海に比べて天津はかなり見劣りしていたからである。しかも、臨海部に「中国のマンハッタン」と称するオフィスビル街を作ったあげくにその7割にテナントが入らないとか、2015年には臨海部の危険物倉庫で大爆発が起きて165人が亡くなったりとか、天津市の行政レベルはお世辞にも高いとは言えなかった。

2016年に天津市の1人あたりGDPは北京、上海に次ぐ第3位に後退し、その年から少しずつ水増し分を抜いていったが、2019年の統計で積年の水増し分を一気に抜いたようだ。その結果、天津市は江蘇省、浙江省、福建省、広東省よりも1人あたりGDPが低くなり、第7位まで下がってしまった。実感ベースから言っても、これが天津市の本来の水準なのであろう。

東北部の3省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)も順位を大きく下げている。遼寧省は旧満州国の時代から重工業が盛んで、1950年代以降は数多くの大型の国有企業が設立されたので、1980年代には上海市と並んで最も発展した地方とみなされていた。しかし、多くの国有企業の存在が逆に負の遺産として重くのしかかり、次第に地位を落としていった。2016年以降、GDPの水増し分を抜いていったら、1人あたりGDPが全国で真ん中あたりにまで落ちてしまった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債急落、政府が債務再編検討を指示と報道

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ワールド

香港北部の高層複合アパートで火災、4人死亡 建物内

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story