コラム

武漢の危機を悪化させる官僚主義

2020年01月29日(水)16時45分

現場で医療にあたる医師や看護師の生活状況も悪化しており、一日にカップラーメン1杯しか食べられないとか、トイレに行く時間がないので大人用オムツを履いて医療にあたっている医師もいるという。

中国各地から医療救援隊が武漢に到着していて、医師の数は増えているが、その食事を手配する態勢が整わない。病院周辺のレストランに連絡して医師や看護師たちの食事を作ってもらっても、食事を車で届けることが許可されないのである。
武漢には海外からの救援物資も続々と到着し、税関は速やかな通関に務めているが、受け入れを担当する武漢赤十字会と湖北慈善総会が市政府の決定がないと受け入れられないといって受け入れを渋っている。

中国の他地域の人々のなかには武漢市民がパニックに陥っていることを非難する向きもあるが、武漢市民は詳しい情報を知らされないまま、突然移動手段を奪われて、慌てるのも仕方ないではないかと万氏は言う。市内の各病院における医師や看護師の状況、病人や病床の状況、医療物資の状況を逐次把握して、スタッフや物資の適切な配分を行うとともに、その情報を市民に公開することが肝要だと万氏は主張する。

情報不足が危機を増幅

以上が万氏の文章の内容であるが、武漢市政府がどうしようもなくトップダウンの組織で、現場の職員たちが上級の指示待ち体質であること、そして市政府から出される情報があまりに少ないことにより、武漢市の危機が増幅されていることがわかる。感染が急拡大し、患者が増え続けるなかで、医療従事者が使う防護服を届けなければならないことなど誰でも理解できるはずであるが、上級の指示がなくては何も動かないトップダウン体質が武漢の状況を悪化させている。

そもそも新型肺炎に関する情報の公開が遅れ、感染の拡大を招いたのも武漢市政府の指示待ち体質が原因であることが、1月27日の中国中央テレビによる武漢市市長へのインタビューで明らかになった。市長はインタビューのなかで次のように語った。

「情報公開が遅れたことについては皆さんにご理解いただかなくてはなりません。伝染病は伝染病防止法に基づき、法の定める手続きによって情報を公開することになっているのです。地方政府としては(新型肺炎の)情報を得ても、中央から権限を与えられて初めて情報を公開できるのです。1月20日に国務院の常務会議が開かれて、この肺炎はBクラスの伝染病だが、Aクラスの伝染病として扱い、地方で対策に責任を負うことが求められたので、わが市もより主体的に取り組めるようになりました。」

ちなみにAクラスの伝染病とはペストとコレラのみ、Bクラスの伝染病には新型コロナウィルスによる肺炎、SARS、狂犬病、はしか、デング熱、マラリアなど多数の伝染病が含まれている。Aクラスの伝染病の場合には、今回武漢市が行ったように流行地域からの人々の出入りを制限するといった措置をとることが可能になる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

欧州委、SHEINへの圧力を強化 パリ裁判所の審理

ワールド

米大統領が中国挑発しないよう助言との事実ない=日米

ビジネス

中国万科、社債が約50%急落 償還延期要請

ワールド

香港高層住宅群で大規模火災、55人死亡・279人不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story