コラム

お金になりそこねた日本の「電子マネー」

2018年03月07日(水)13時20分

私見では、日本の電子マネーは本質的には「ポイントカード」である。例えば、家電量販店で買い物をするとカードにポイントがたまり、それを同じ系列の店での買い物に使うことができる。コーヒー豆屋、理容室、中華料理店でくれるスタンプカード、航空会社のマイレージなども「ポイントカード」の一種と言える。

金融業界ではこれを「企業通貨」と呼ぶらしい(宿輪純一『決済インフラ入門』東洋経済新報社)。いったん自店舗に来た顧客を次回以降も自らの系列店に来店させるための手段として、日本の小売業や飲食業でよく使われている。日本の電子マネーと称するものも実質的には顧客を囲い込むポイントカードという性格が強い。

日本の電子マネーはお金ではなくポイントカードだと思えば、その通用する範囲が限定されているのも当然のことだと理解できる。自らの仲間内の店に来させるための手段なのだから、仲間以外の店で使えるようにしても意味がなく、むしろ使えない方がいい。

囲い込みには好都合な導入コストの高さ

FeliCaを使う日本の電子マネーは導入コストが高いため普及に限界があるが、そのことは自らの系列内に客を囲い込むことを狙う小売業者にとってはかえって有利な要素である。

自らを振り返ってみても、電車の乗車券として使っているSuicaを除けば、結局電子マネーをポイントカードとしてしか使っていないことに気づく。つまり、私が電子マネーを使うのは、飛行機のマイレージが貯まり、それを電子マネーに交換した時からである。それをコンビニとかで消費し、残額がゼロになったら、次にマイレージを交換する時までその電子マネーは使わない。

つまり、自分で電子マネーにお金をチャージしたりはしない。なにしろ現金の方がどこでも使えて便利なのだから、わざわざ不便な電子マネーに交換する意味がない、と私は思う。


結局、日本の電子マネーは、FeliCaという媒体を選んでしまったこと、そして小売業者が顧客囲い込みの道具として利用したことによって「お金」になりそこね、実質的には「ポイントカード」になってしまった。

キャッシュレス化を進めることは、個人にとっては現金を持ち歩くわずらわしさから解放されたり、レジでの待ち時間が短縮されるといったメリットがある。またモノを売る側としても釣銭を用意しておくコストや、お客が支払った紙幣がニセ札でないか鑑別するコスト、防犯のコストなどをかなり節約できる。さらに政府にとっては現金を発行するコストを節約できるほか、地下経済の蔓延や脱税を防ぐ効果も期待できる。

そうした観点から、例えばインドは政府がデビットカードを普及させたり、高額紙幣を廃止するなどキャッシュレス化を推進している(淵田康之『キャッシュフリー経済』日本経済新聞出版社)。

日本においては、キャッシュレス化のメリットはインドにおけるほど大きくはないような気もするが、そのことはとりあえず論じないことにして、日本でもキャッシュレス化が社会全体にとって望ましいことだと仮定して議論を進めよう。

すると、現状の日本の電子マネーは「ポイントカード化」という間違った方向に進んでいて、現金を代替するものになりそうにない。日本の電子マネーを「お金」の方向へ正しく発展させるにはどうしたらいいのだろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

G20首脳会議が開幕、米国抜きで首脳宣言採択 トラ

ワールド

アングル:富の世襲続くイタリア、低い相続税が「特権

ワールド

アングル:石炭依存の東南アジア、長期電力購入契約が

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story