コラム

中国は電気自動車(EV)に舵を切った。日本の戦略は?

2017年11月01日(水)18時30分

たとえば発電量全体の約9割を火力が占めていた2014年度の電源構成を前提とした場合、一次エネルギーの産出から車両の走行までの全プロセスで排出される二酸化炭素は、EVの場合、走行距離1キロあたり67グラム(経済産業省「EV・PHV ロードマップ検討会 報告書」2016年3月23日)で、ハイブリッド自動車にガソリンを入れて走った場合の80グラム(日本自動車研究所「総合効率とGHG排出の分析 報告書」平成23年3月)と、それほどの差がないのである。電気を作るところで多くの二酸化炭素が排出されていたからだ。日本政府が最も普及に力を入れている燃料電池車(FCV)にしても、もし都市ガスをもとに水素を生産するならば、全プロセスでの二酸化炭素排出は走行距離1キロあたり79グラムで、ハイブリッド自動車に比べて排出削減の効果はほとんどない。

EVの普及を意味のあるものにするためには、電源構成に占める再生可能エネルギーと原子力の比率をぐんと高める必要がある。経済産業省が作成した「長期エネルギー需給見通し」では2030年度の電源構成を再生可能エネルギー22~24%、原子力22~20%としているが、そうなればEVの二酸化炭素排出量は走行距離1キロあたり47グラムとなり、だいぶメリットが高まってくる。さらに、EVを完全に太陽光や風力など再生可能エネルギーだけで充電すれば、二酸化炭素排出量はほとんどゼロである。

太陽光や風力でEVを充電して走るという未来像はとても麗しいが、大きな問題は充電できる時間帯と車が走る時間帯が重なってしまう可能性が高いことである。太陽光発電は太陽が照っている昼間しかできないので、もし太陽光発電で100%賄うとなれば、昼間はEVを充電のために停めておかねばならない。しかし、人々が車に乗りたいのはやはり昼間であろう。また、風力発電の場合、車を停めて充電したい時間に風が吹いてくれるとは限らない。

その点、原発とEVはかなり相性がいい。もともと原発は出力調整ができず、電力需要が少ない夜間も発電し続けてしまうという問題があった。従来、電力会社は夜間電力を思いっきり安くしたり、揚水発電をするなどして何とか夜間電力を消化してきた。ここに大量のEVが登場すると、原発が夜間生み出し続ける電力をEVが吸収してくれることになる。これまで原発推進派の人たちは原発の必要性を説くときに「ベースロード電源が必要」といった訳の分からない理由を挙げてきたが、たたき売らなければならないような電気はもちろんいらないに決まっている。だが、EVが普及すれば夜間電力への需要は大いに高まる。原発の再稼働に対する反対は強いが、「EVを夜間充電するためには原発が必要」と説けば、原発再稼働の必要性を理解してくれる人も増えるのはないだろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平交渉が2日目に、ゼレンスキー氏と米特

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story