コラム

自転車シェアリング--放置か、法治か?

2017年04月27日(木)16時00分

Mobikeやofoは中国での成功をバネに海外進出すると鼻息が荒い。ではこのビジネスモデルが日本で広まる可能性はあるのだろうか。最大の障害は日本の法規制であろう。

東京では1980年代に駅前の放置自転車が大きな社会問題となった。通勤や通学の際に、最寄りの駅まで自転車に乗っていく人は多いが、駅周辺には公共の駐輪場がなく、駅近くの幅の広い歩道などが「事実上の駐輪場」として利用されていた。何を隠そう私もかつてそういうところに自転車を停めていた。厳密に言えばそれは違法駐輪だったが、余りに数が多くて黙認されていたのである。

当時、自転車王国だった中国では、駅や商店の前には必ず道路を区切るなどして駐輪場が設けられており、管理人にお金を払って停めていた。私は地元の杉並区役所に投書し、杉並区でも「事実上の駐輪場」になっているところに管理人を置き、駐車料金をとる代わりに所定の範囲に秩序立って停めるように誘導したらいいのではないか、と提案した。そうしたら区には駐車料金収入が入るし、駅前の乱雑な駐輪が整理されるし、有料化されることで自転車の過度な利用にも一定の歯止めがかかり、一石三鳥の妙案ではないだろうか......。

返事はないものと諦めていたら1カ月以上経って区役所の担当者から長い返信が来た。曰く、あなたの提案は採用できない。なぜなら「事実上の駐輪場」となっている歩道は、区の所有地ではないケースが多いので、区が勝手にそこを使うわけには行かない。そもそも、そこは道路用地に指定されているところなので、駐輪させて料金をとるようなことは法律上許されない。区ではいま駅の近隣に本格的な駐輪場を建設中なので、それが完成した暁には駅前に自転車を停めている人たちには有料の区営駐輪場に停めてもらうことになるだろう、とのことだった。

大規模な社会実験

この返信を読んで、なるほどこれが「法治国家」の発想かと感心した。実際、この投書から5年ぐらい後になって、区内の主要な駅の周辺に有料の区営駐輪場が次々と開設され、私もそちらに自転車を停めるようになった。放置自転車が根絶されたとは言えないものの、区では罰金や移動といった厳罰で臨んでいる。

こうして東京では長い時間をかけて放置自転車問題を克服してきたので、放置できることが利点である中国式自転車シェアリングなど、まず許容されないだろう。要するに、道路の利用にも法治が行き届いた国では放置自転車は許されない。逆に中国では法治が緩いからこそ自転車シェアリングがビジネスとして成り立っている。

ただ、今後も中国の法治が緩いままかどうかはわからない。深センでも一部では放置されたシェアリング用自転車が歩道の正常な通行を妨げたり、目に余るほど乱雑に停められたりしている。今後、自転車シェアリングに参入する企業がさらに増え、放置自転車がもっと増えたときに、地方政府が寛容であり続ける保証はない。おそらく中国にも放置自転車を規制する法的根拠はあるはずなので、地方政府がそれを盾に自転車シェアリングを規制してくる可能性がある。

もっとも、自転車シェアリングがとことんまで普及し、みんなが通勤、通学、買い物に利用するようになったらどうだろう。自転車を所有するのは趣味や運動に使う人だけで、実用目的で自転車に乗る人はみんな自転車シェアリングを使うようになったとき、もはや路上に放置されているシェアリング用自転車は私物ではなく一種の公共物だとみなされるようになるかもしれない。中国の自転車シェアリングが今後どう展開するのか、世界に例のない規模の社会実験として注目していくべきである。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story