コラム

遼寧省(の統計)に何が起きているのか?

2017年03月01日(水)16時00分

しかし、2016年は物価下落が前年に比べて穏やかだったと見えて、遼寧省以外では割り増し率が最も高かった新疆ウイグル自治区でも4.1%だった。遼寧省だけ21.4%も割り増しされているというのは他の数字とどうにも辻褄が合わないのである。

この矛盾に対する説明として二つ考えられる。第一は、名目GDPの大幅減少こそが2016年の遼寧省経済の実態であり、実質GDP成長率がマイナス2.5%というのはウソだと言う説明である。物価下落による割り増し率が新疆ウイグル自治区並みだとすれば、本当の実質成長率はマイナス19%ぐらいだったということになる。ただ、中国全体が実質6.7%成長したなかで一つの省だけがそんなに経済が縮小するというのは常識的には考えにくい。

もう一つの説明は、何年にもわたってGDPが水増しされてきたので、2016年の数字を作る際に、これまでの水増し分を抜いたという可能性が考えられる。果たして2016年の名目GDPに対してそのような操作が行われたのかどうか、公式の説明は見当たらないが、実は遼寧省の他の統計では昨年あたりから積年の水増し分の解消が行われている。今回名目GDPについても同様のことが行われた可能性が高いと思う。

2017年1月には遼寧省の陳求発省長が、2011年から2014年にかけて遼寧省が所轄する市や県からの財政に関するデータが著しく誇大報告されていたことを認めた(『FT中文網』2017年1月22日)。

どうやら誇大報告という認識はそれ以前からあり、遼寧省統計局が刊行する『遼寧統計年鑑』のなかで人知れず誇大報告の数字が修正されていたようである。2016年秋に刊行された『遼寧統計年鑑』をみると、2013年までは省の財政収入がおおむね増えていたが、2014年にマイナス13%、2015年にマイナス26%と財政収入がかなり減っている。

その結果、財政収入/名目GDPを計算してみると、2013年には30%だったのが2015年には18%に急落している。一般に、財政収入と名目GDPの関係は安定しているはずなので、わずか2年の間に財政収入/名目GDPの値がこんなに下がるのは異常である。これは実際に財政収入が急減したというよりも、誇大報告されていた財政収入の数字を2013年までは遡及して修正せず、2014年と2015年の財政収入の数字だけ実態に近づけたため起きたことであろう。

本当もあるから矛盾が出る

また、遼寧省の鉱工業生産額も2014年の5.0兆元から2015年の3.3兆元へ33%も減少している。しかし、鉱工業の付加価値額は2014年の1.27兆元から2015年の1.13兆元へ11%の減少に留まったので、付加価値額/生産額の割合が25%から34%に急上昇しており、やはり辻褄が合わない。これも、2015年の鉱工業生産額だけ誇大報告を修正した結果、他との整合性がとれなくなったのだと思われる。

以上のように、遼寧省の経済統計にはこれまでかなりの誇大報告があったのが、省の経済が停滞するなかで統計の矛盾がどうにも取り繕えなくなり、やむなく統計を修正し始めたようである。

しかし、このことをもって、だから中国の統計はすべて嘘だ、分析しても意味がない、という立場を私はとらない。上で書いたように、いま遼寧省の統計は大きな修正のただなかにあり、財政収入/名目GDPとか、鉱工業の付加価値額/生産額など、本来割と安定しているはずの比例関係を計算してみることで矛盾が明らかになる。もし一から十まで統計数字が嘘であれば、こういう矛盾はかえって起きないはずで、現状では嘘と本当が混じっているから矛盾が露わになっている。だとすれば、統計数字のなかから本当に近いと思われるものを拾っていくことで実態に接近できるはずである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

NZ中銀が0.25%利下げ、景気認識改善 緩和終了

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時1000円超高 米株高を

ワールド

ウクライナ編入地域の「ロシア化」強化へ、プーチン氏

ビジネス

米FDIC、銀行の資本要件を緩和する規則案を承認
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 10
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story