コラム

遼寧省(の統計)に何が起きているのか?

2017年03月01日(水)16時00分

遼寧省丹東、石炭会社のがらんとした石炭置き場(2月20日) Brenda Go-REUTERS

<中国の地方の経済成長率は誇大報告が多いことで知られるが、昨年の遼寧省の実質GDP成長率はマイナス2.5%、名目GDPは実に23.3%も減少した。これは「中国版ラストベルト」の景気低迷、そして積年の統計の誇大報告を解消しようとして起きたものだ>

1月末に2016年の中国の経済成長率が6.7%だったと速報されたが、同じころ各省の昨年の成長率の速報値も発表された。

そのなかで特に目を引くのが遼寧省のマイナス2.5%という数字である。中国の地方政府が成長率を誇大に報告する傾向があることはつとに知られており、現に2016年も国全体の成長率より低い数字を出したのは遼寧省以外には山西省(4.5%)と黒竜江省(6.1%)だけで、相変わらず誇大報告を続けている地方が多かった。そうした中で、成長率がマイナスというのは極めて異例である。これは遼寧省政府が正直者だというよりも、遼寧省から中央に対する何らかのメッセージ、たとえば「苦しいから援助してくれ」といったメッセージが込められた数字なのかもしれない。

ただ、遼寧省のマイナス成長は2016年第1四半期に始まったことなので、今回の発表が特にサプライズだったというわけではない。むしろ驚きは、実質成長率と同時に発表された2016年の名目GDPの額が2015年に比べて23.3%も減っているということである。いったい何が起きているのか?

ここで名目と実質の関係をおさらいしておこう。GDP(国内総生産)は、調査する年に国内(地域内)で生み出された付加価値の金額を集計したものである。ただ、その額を前の年と比較して経済成長率を計算する時に、各年の金額をそのまま比べてしまうと、インフレが激しい時には成長率を過大に計算することになるし、デフレの時には成長率を過小に計算することになる。例えばすべての物やサービスの値段が1年で2倍になり、付加価値の金額も1年で2倍になった場合、名目の成長率は2倍(100%)だが、実質の成長率は0%である。逆に、1年ですべての物やサービスの値段が半分に下がったが、付加価値の金額が前年と変わらなかった場合、名目の成長率は0%だが、実質の成長率は2倍(100%)である。このように物やサービスの価格の変化によって付加価値の金額を割り引いたり割り増したりして実質成長率を導き出す作業を「デフレートする」という。

物価下落だけでは遼寧省の落ち込みは説明できない

さて、遼寧省の2016年の実質GDP成長率はマイナス2.5%で、名目GDP成長率はマイナス23.3%だったということは、GDPの金額自体は2割以上も減ったが、さまざまな物やサービスの価格が下がったので、その分付加価値の金額が大幅に割り増されたことを意味する。言い換えれば、遼寧省では2016年に物やサービスの価格が平均で21.4%も下がったとみなして、その分付加価値の金額を割り増しているのである。

問題はこの割り増し率が2016年の遼寧省だけ異常に高いことだ。

2015年には石油・天然ガスの出荷価格が37%下落したほか、鉄鉱石は20%、鉄鋼業は17%、石炭は15%、それぞれ出荷価格が下落したため、これらの産地では実質GDP成長率を計算する際に割り増しが行われた。例えば、新疆ウイグル自治区では2015年の名目GDPは前年よりわずか0.6%増えただけだが、実質GDP成長率は8.8%だったとされている。これは新疆ウイグル自治区の主要な産出物である石油が大きく値下がりしたため、実質GDPを計算する際に付加価値が7.6%の割り増されたことを示す。

遼寧省は鉄鋼業、鉄鉱石、石炭、石油の産地なので、これらが値下がりすれば、実質GDPを計算する際にある程度の割り増しが行われてもおかしくない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story