シャープ買収で電子立国ニッポンは終わるのか
シャープや東芝のように、さまざまな最終製品から部品に至るまで多様な事業領域をカバーし、かつグローバルに展開している企業において経営者がすべきことというのは事業領域の選択がほぼすべてだと思います。つまり、どこの市場(地域や所得階層)に向けてどんなモノやサービスを提供していくのか、という選択肢がきわめて多いなかで、どこに力を入れてどこを捨てるのかを選ぶのが経営者の仕事の大半を占めるべきだろうと思います。
電子産業における技術進歩に対して、日本の電機メーカーによる事業領域の選択が時代にそぐわなくなったことを指摘する声も多くあります。例えば西村吉雄『電子立国は、なぜ凋落したか』(日経BP社、2014年)は、アップルと鴻海のように設計と製造を異なる企業が分業するモデルが世界に広まるなか、日本企業が垂直統合に固執したことに衰退の原因を見ています。また、青島矢一(『日本経済新聞』「経済教室」2016年3月15日)は、日本の電機メーカーはこれまでテレビやデジタルカメラといった単品の枠内で事業をしてきたが、半導体の技術進歩によって単体の製品で差別化することが難しくなり、製品の枠を超えて新たな組み合わせを提案するソリューション事業や、製品横断的に使われる基本部材が重要になると指摘しています。
【参考記事】鴻海精密によるシャープ買収をどう考えるのか?
私もこれらの意見に基本的に賛成です。私は2005年から、電子産業の趨勢は部品やデバイス、組立、設計をそれぞれ専門の企業が分業する方向に向かっており、デバイスから最終製品まで統合して持っていることを強みだと考えている日本の電機メーカーは技術の趨勢に沿っていないのではないかと考えておりました。なかでも中国では、部品・デバイスと最終製品がバラバラになる傾向が顕著であり(私はそれを「垂直分裂」と呼んでいます)、日本の電気製品が中国でシェアを落としているのはそうした環境に適応しようとしていないからだ、と指摘してきました。
その前年に外務省のある研究会に呼ばれたときにもそのような話をして、中国で起きていることは今後世界に広まっていくと警告を発したつもりでしたが、その会の座長を務めていた著名な経済学者から意外な反応が返ってきました。
彼曰く「私は最近まで松下電器産業の社外取締役を務めましたが、松下電器の総売上に占める中国での売上は5%程度なのですよ。だから、今日お話になったことが日本の電機産業にとってどれほどの重要性を持っているかというと、どうでしょうかね」
丁寧な言葉遣いでしたが、要するに中国市場で何がおきようが日本の産業にとっては大した意味を持たない、というご意見でした。中国のことしか念頭にない私はこう言われてしまうと返す言葉もなく、「まあ中国で徹底した企業間分業で製品を安く作ったとしても、そうした製品は日本市場には余り入ってこないですし、入ってくるのはせいぜい100円ショップで売られているものぐらいかもしれませんね」と適当にお茶を濁してしまったのですが、あとから考えてみればもう少しましな反論もできたのにと後悔しました。
中国の売り上げ比率が低い理由
というのは、パナソニック(旧社名:松下電器産業)の中国売上比率が5%しかなかったのは、同社のグローバル戦略の結果そうなったのではなく、同社が一生懸命に中国市場での売り上げを増やそうと投資したにもかかわらず売り上げが増えなかったからそうなったのです。実際、1990年代半ばの松下電器産業は中国一辺倒といってもいいぐらいに中国に力を入れていました。1992年から96年の間に同社は中国で一気に37社の現地法人(工場)を立ち上げ、この時期の海外進出件数の約半分が中国です。同様のことが東芝や三洋電機など日本の他の電機メーカーにも当てはまります。
これだけ多くの投資をしたのに2000年代半ばでも世界の売上高のうち中国がたった5%しかないとすれば、中国なんてどうでもいいと開き直る前に、なぜ中国での売り上げ獲得に失敗したのかよく分析し、どうやったら挽回できるか考えるべきでした。ところが、日本の電機メーカーは海外での挽回を目指す代わりに、2005年頃から国内回帰を始めます。例えばそれまで各社が中国で携帯電話を生産・販売していたのがこの年に一斉に引き上げます。松下電機産業の地域別売上比率(下図参照)を見ても2005年から日本がぐっと増えています。新規の大型投資も日本国内で行うようになり、シャープの危機の主因となった堺工場も2009年に建設されました。
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