コラム

「カブール陥落」から3年...英国最後の駐アフガン大使はその時、何を考えたか

2024年08月29日(木)21時00分

致命的な問題を抱えていたトランプとタリバンの協定

「私たちは01年の米同時多発テロの後、アフガンに軍隊を送り込んだ。20年の間に国際テロ組織アルカイダを打ち負かし、タリバンを倒し、近代的な民主主義国家を建設しようとした。その過程で457人の英兵士を失った。数え切れないアフガンの人々が死に、私たちは失敗した」

ドナルド・トランプ米大統領(当時)とタリバンの協定は米軍主導の軍隊が撤退するスケジュールを設定したものの、タリバンに対してアフガン政府への軍事作戦を中止することや和平交渉に真剣に取り組む条件を設けなかったという致命的な問題を抱えていた。

しかし、米国と同盟国は大惨事になることが明らかであったにもかかわらず、撤退を強行した。政治や軍事の専門家が事前に警告を発していたにもかかわらずだ。ブリストウ氏によると、避難を手伝うボランティアを募集したところ、定員を上回るボランティアが集まった。

「これまで一緒に働いてきた人たちについて考える時、思い浮かぶ言葉は明確な目的、誠実さ、正直さ、謙虚さ、勇気だ。何をするかというだけでなく、どうするか、この質問に正解はない。一人ひとりが、何が良くて何が良くないと思うのか、自分なりの言葉を持っているはずだ」

ブリストウ氏は、人はそれぞれ生きていく上での価値観を持っているという。

「緊急事態の準備は何カ月も、場合によっては何年も前からしておくべきだ。チームの作り方、周囲の能力の高め方、メンバー間の信頼関係の築き方に先行投資する必要がある。強い前向きな文化があれば、どんなことでも達成できる。そうでなければ失敗する」と語る。

外交とは何のためにあるのか

ブリストウ氏の外交官時代にイラクとアフガンという2つの大きな軍事介入が行われた。対テロ戦争という大義を掲げながら、そのどちらも大失敗し、英国はこれからも、その結果を直視していくことになる。

ブリストウ氏はケンブリッジ大学のホームページに外交と避難作戦に携わった人々について次のように記している。

「外交とは何のためにあるのか。短い答えは『実行可能な政治的解決策を見つけること』だが、実行するのは難しい。何を望んでいるのか、それを得るために何を支払う用意があるのか、何を妥協する用意があるのかを明らかにする必要がある。これが外交交渉の基本だ」

アフガン外交は政治の間で破綻した。「避難支援のためにカブールに行った人々は重い代償を払った。しかし最も重要なのは、彼らはなぜそうするのかを知っていたことだ。何をすべきかを知っていて、それを自ら進んでやったのだ」。大失敗の中に人間の輝きがあった。

「私が学んだのは、人は信じられないようなことができるということだ。避難させられる人数はせいぜい5000人と見積もっていた。しかし実際には1万5000人以上の人々に安全と新しい人生のチャンスをもたらすことができた」とブリストウ氏は無名の英雄たちを称えている。

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story