コラム

託児費用の無償化を一気に拡大...「育児支援」改革で、英経済は救われるか?

2023年03月18日(土)19時06分

英国の育児支援団体coramによると、2歳未満の子どもを週25時間、保育園に預ける場合の年間平均費用は8000ポンド(約128万円)近い。英国の就学年齢は5歳なので、生後9カ月から就学前の子どもを持つ働く親が無償で育児支援を受けられるようになる。ユニバーサル・クレジットを支給されている親は前払いを受けられ、支給額も引き上げられる。

高技能・高賃金経済を目指すため、インド系の両親を持つスナク首相は18歳までに全生徒は数学を学ぶという構想を掲げる。「ゼロ」を発見したのはインドの数学者で、インドの小学生は1から19までのかけ算を瞬時に答えると言われる。経済協力開発機構(OECD)生徒の学習到達度調査(PISA)で英国の数学ランキングは17位タイと、それほど高くない。

支援拡大が保育事業者を圧迫する恐れも

スナク政権は数学教育に加えて、技術系資格のTレベル、雇用主の求めるスキルを身につけるスキルズ・ブートキャンプ、生涯学習支援制度を実施している。社会人になっても引き続き学習、再教育、スキルアップの機会を提供する仕組みだ。 50歳代以上を対象とした復職者支援プログラム「リターナーシップ」も用意した。

英国では何百万人もの労働者がコロナ後遺症など長期の健康問題や介護、あるいは早期退職する余裕があると判断したため働かなくなった。英国の失業率は3.7%だが、経済的に非活動状態になっている「隠れた失業者」を含めると真の失業率は12.7%に跳ね上がるという試算もある。

英シンクタンク、レゾリューション財団によると、今回の無償育児支援拡大は00 年の導入以来最大だ。働く親の数は 6 万人増え、多くの世帯の労働時間と生活水準が向上するという。中・高所得世帯が低所得世帯より多くの恩恵を受ける。無償育児支援時間の増加と合わせ、パートタイムで働く低所得者の所得を引き上げ、フルタイムで働くよう促した。

ユニバーサル・クレジットを利用する低所得世帯は育児支援金が前払いとなり就労への障壁が取り除かれ、請求可能な上限額も子ども1人の場合は月646ポンド(10万4000円)から951ポンド(15万2600円)に引き上げられる。働いた方が豊かになるというアメとムチの政策でスナク政権は労働力を増やそうとしている。

英シンクタンク、財政研究所(IFS)は無償育児支援の拡大策について「2歳の子どもたちがいて働いている平均的な世帯は育児支援の無償アクセス権を拡大することで週80ポンド(1万3000円)以上節約できる」と分析する。週30時間の育児支援を受ける親、複数の幼児を抱える親、ロンドンやイングランド南東部に住む世帯がより大きな恩恵を受ける。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

香港の高層複合住宅で大規模火災、13人死亡 逃げ遅

ビジネス

中国万科の社債急落、政府が債務再編検討を指示と報道

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story