コラム

ロシア侵攻から半年 ついに「大規模反攻」の勝負に出たウクライナの狙い

2022年08月31日(水)18時42分

5月からウクライナ軍に参加し、ヘルソンに近いクリヴィー・リフで戦闘外傷救護を指導する元米陸軍兵士マーク・ロペス氏(現ウクライナ軍少佐)は30日、筆者に「ウクライナ軍は最大12ルートの攻撃軸から一気にヘルソンに攻め込んだ。これは兵站基地クリミアの分断作戦だ」との見方を示した。

コフマン氏は、ロシアが2014年から占領するクリミア半島で相次いだロシア軍の黒海艦隊司令部や軍用空港、武器・弾薬庫への攻撃についてはこう指摘していた。

「どんな攻撃が行われたのかは分からない。しかし重要なのはクリミアにおけるロシアの航空支援と軍事能力を低下させる組織的な作戦をうかがわせることだ。クリミアはヘルソンやザポリージャに展開するロシア軍の兵站拠点だ。将来行うかもしれない作戦に先立ち、環境を整えるウクライナの努力のように見える」

M142高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」(射程80キロメートル)による深部攻撃はロシア軍の兵站、後方連絡線に致命的な打撃を与えている。「ロシア軍は前線に弾薬を届けることが課題になっている。ロシア軍の砲撃率は低下し、作戦テンポは全般的に劇的に落ちている。しかし米欧の弾薬も無尽蔵にあるわけではない」とコフマン氏は指摘する。

米欧の支援が先細りするという不安がゼレンスキー氏を早期領土奪還へと駆り立てたのかもしれない。「ロシア軍が主導権や勢いを失ったからと言って、ウクライナ軍が主導権を握るとは限らない。ウクライナ軍が何もしなければ、ロシア軍には回復する時間が与えられる。ロシア軍にはまだ相当な潜在能力がある」(コフマン氏)

ロシア軍1日1万発、ウクライナ軍月3000発の大差

コフマン氏によると、ロシア軍砲兵部隊は最大2000万発の砲弾を保有している。1日当たりの砲弾使用量はピークで1日2万発だったが、今は1万発程度に低下した。これに対して、ウクライナ軍の月間砲弾使用量は5000~6000発、北大西洋条約機構(NATO)仕様に切り替わった現在、155ミリメートル榴弾砲を月約3000発撃っているに過ぎない。

甚大な損害を出しながらもドンバスでわずかずつ前進するウラジーミル・プーチン露大統領と「イエスマン」で固めたクレムリンの側近はロシア軍がまだ勝っているか、いずれ勝つと信じている。国内のプーチン氏支持率も戦争で70%台から80%台にハネ上がったままだ。しかしヘルソン奪還作戦が成功すれば、その幻想も打ち砕かれるだろう。

経済制裁で西側からの最先端技術のサプライチェーンが遮断され、この戦争で備蓄が底をつきつつある精密誘導弾など近代化兵器を追加生産するのは極めて難しくなっている。さらにロシア軍の動きを見ると、半年が経過した無謀な戦争でかなり疲弊していることが手に取るように分かる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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