コラム

「兵士は家畜扱い」「囚人は生殖器を切られ...」 除隊したロシア兵が明かした戦場の現実

2022年08月19日(金)17時30分

装甲車の車列はみなエンジンを切り、ヘッドライトを消していた。フィラティエフさんはゴロゴロという音を聞き、砲撃で空が明るくなるのを見た。装甲車の両脇で自軍のロケット砲が火を噴いた。「地獄のような砲撃だった。何が起きているのか、誰がどこから誰に向けて撃っているのか、はっきりしなかった」。 「始まった」という静かなつぶやきが聞こえた。

「軍では質問しても誰も説明してくれない構造になっている。私にできることは、武器を捨てて後ろ向きに走って臆病者になるか、みんなについて行くか、だけだ。どこかで策略(メディアや愛国心)に、どこかで力(法や罰)に、どこかで砂糖(給料)に、どこかで賞賛(賞や肩書き)に利用されていたのだと今なら理解できる」とフィラティエフさんは書く。

「疑心暗鬼に駆られて誰も殺したくなかった」

突然、誰もいない道路で装甲車が急に止まり、「戦闘開始」の号令がかかった。車から降り、ある者は膝をつき、ある者は地面に伏せ、ある者は仰向けになり、ある者は汚れるのが嫌だからと言ってただ立っていた。命令は偽りだった。本当の戦闘なら、明らかに訓練不足の部隊はウクライナ軍に翻弄されていただろう。

フィラティエフさんはずっとライフルに弾丸を込め、目の前に現れる敵軍を撃つ準備をして装甲車に乗っていた。どこに行くのか、なぜ行くのか、その理由は明確ではなかった。知らないうちに本当の戦争が始まっていた。ヘルソンに行き、ドニプロ川にかかる橋を確保するよう命令があったことを後で知った。ウクライナを攻撃していることが明らかになった。

「指揮官は『通信がない。一体何が起こっているのか分からない。でも肝心なのは小便をちびらないことだ。とにかく今は移動中だ』と強がった。指揮官は虚勢を張ってそう言ったのだが、その目を見れば、彼もまた混乱しているのが明らかだった。ウクライナの集落では、まれに不機嫌そうな顔で私たちを見る人がいた。疑心暗鬼に駆られて誰も殺したくなかった」

「2月28日、一般車両を自軍の歩兵戦闘車が撃ったという話を聞いた。車内に母親と子供数人がいたが、子供1人だけが助かった。罪のない民間人の死はどんな戦争でもあったし、これからもある。すべてを捨てて逃げる。そうすれば臆病な裏切り者の烙印が押される。しかし参加し続ければ死と苦しみの共犯者になる」とフィラティエフさんは苦しさを綴っている。

「神様これを乗り切ったら、どんなことでもして変えてやる」

その日、暗くなり始めたころ「全員集合」の号令がかかった。翌日ヘルソンの港に到着した。「みな疲れ切って野蛮な顔つきになり、食料、水、シャワー、一夜の宿を求めて建物を探し回った。中にはパソコンや貴重品を奪い始めた者もいた。私も例外ではなかった。壊れたトラックから帽子を見つけて自分の物にした」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story