コラム

富士通の会計システムが引き起こした英史上最大の冤罪事件 英政府が負担する1570億円の肩代わり求める声も

2022年02月17日(木)07時18分

それから手元の現金と支店口座の数字が合わないことが頻繁に起きるようになり、指示通りポストオフィスのヘルプラインに連絡した。13回ぐらい連絡したが、いつもそのまま業務を続けるよう言われるだけだった。「会計システムの導入を急ぎ過ぎた。ヘルプラインのアドバイスにも一貫性がなかった」とトーマスさんは振り返る。

2003年、支店口座の不足額が6千ポンド(約94万円)になり、トーマスさんとポストオフィスは半分ずつ穴埋めすることで合意した。ホライゾンは突然、電源が落ちたり、画面がフリーズしたり、送金が中断したりしたため、ハードウェアは2度も3度も変更された。

トーマスさんはトラブルを記録したが、ポストオフィスに提出を求められたあと、二度と手元には戻ってこなかった。

警察署での取り調べは午前1時に及んだ

05年10月の監査は午前7時半に始まった。不足額は約5万ポンド(約784万円)に達していた。郵政監察官2人に同行を求められた。拒否すると、警察官を連れて戻ってきた女性郵政監察官は「この男は窃盗犯よ。手錠をかけて警察署に連行して」と命じた。

事務弁護士がついたものの、取り調べは計6時間に及び、警察署を出たのは午前1時。被疑者として指紋も採取された。

その11日後、準郵便局の契約は一方的に打ち切られた。トーマスさんは1年に及んだ捜査の末、窃盗と不正会計の罪で起訴された。事件は治安判事裁判所から刑事法院に移された。罪を認めれば罪状の重い窃盗罪での訴追を取り下げるとポストオフィスの法廷弁護士から司法取引が持ちかけられた。

あまりにも不公正と思ったが、法廷弁護士を頼む法律扶助がそれ以上あてにできないためトーマスさんには司法取引をのむ以外に選択肢はなかった。支店口座の不足額はトーマスさんが支払い、ホライゾンについては一切口外しないことが司法取引の条件だった。トーマスさんは不正会計の罪を法廷で認めた。

地元の地方議員も務めるトーマスさんの無実を訴える約100通の手紙が裁判所に寄せられたが、06年11月、禁錮9月の有罪判決が言い渡され、刑務所に投獄された。人生最悪の瞬間だった。60歳の誕生日は塀の中で迎えた。トーマスさんの後に指名された準郵便局長もすぐに支店口座の不足をホライゾンに指摘された。トーマスさんは07年1月に釈放された。

マニュアル化された訴追と司法取引

トーマスさんと同じアングルシー島で暮らすマージョリー ・ロレーヌ・ウィリアムズさん(55)も09年4月、2~3日のトレーニングを受けて準郵便局長になった。しかし10年7月にホライゾンを使い始めてから悲劇が始まる。支店口座の不足が頻繁に起きるようになったのだ。ヘルプラインは全く役に立たなかった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル対円で一時9カ月半ぶり高値、高市

ビジネス

米国株式市場=S&P4日続落、割高感を警戒 エヌビ

ワールド

トランプ氏支持率、2期目最低 生活費高やエプスタイ

ワールド

トランプ氏、サウジ皇太子と会談 F35売却と表明 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story