コラム

インド太平洋の要である日本はAUKUSで悪化した米仏の関係修復に動け

2021年09月23日(木)14時37分
原子力潜水艦

オーストラリアには戦略兵器としての原子力潜水艦が必要だった(写真は2019年、フランスの原子力潜水艦) Benoit Tessier-REUTERS 

[ロンドン発]アメリカとイギリスがオーストラリアの原子力潜水艦配備に協力する安全保障パートナーシップ「AUKUS(オーカス)」締結を全く知らされていなかった上、潜水艦建造契約を一方的に白紙撤回されたフランスが激怒している。このためジョー・バイデン米大統領は22日、エマニュエル・マクロン仏大統領に電話会談を申し入れた。

米ホワイトハウスの発表では、両首脳はフランスや欧州のパートナーの戦略的関心事について同盟国間でオープンに協議することが関係改善につながるとの認識で一致した。信頼確保の条件を整え、共通の目標に向けた具体的な方策を提案するため、10月末に欧州で会合を開くという。

バイデン大統領は欧州連合(EU)のインド太平洋戦略を含め、フランスと欧州が関与する戦略的な重要性を再確認した。フランスはアメリカとオーストラリアから大使を召還していたが、来週、ワシントンに駐米大使を帰任させる。しかしマクロン大統領はオーストラリアのスコット・モリソン首相からの電話を拒絶するなど、その怒りは収まらない。

オーストラリアの十分過ぎる理由

AUKUS締結の一報は15日夜、英BBC放送のニュースで突然、流れた。BBCも準備不足は明らかだった。英下院国防委員会のメンバーも誰一人として事前に知らされていなかった。筆者も驚いた。英空母打撃群の極東展開についてさえ国防省の中には「予算には限りがある。欧州の安全保障に専念すべきだ」という慎重論が半分はあると聞かされていたからだ。

原潜は戦略兵器である。オーストラリアが核兵器を保有する可能性は今のところ皆無だが、中国が将来、核戦力を増強するシナリオに米英豪3カ国が備えているのは明白だ。テリーザ・メイ前英首相は下院で「AUKUSは中国が台湾に侵攻しようとした場合にイギリスがとるべき対応にどのような影響を与えるのか」とジョンソン首相を問い詰めた。

「香港返還後も一国二制度は50年不変」と国際社会に誓った英中共同宣言を中国に一方的に反故にされたジョンソン首相は「イギリスは国際法を守る決意を持ち続けている。それが世界中の友人だけでなく、北京に与える強いメッセージだ」と表情を引き締めた。AUKUSはアングロサクソンの米英豪3カ国首脳が下した政治決断だ。

オーストラリアには最大12隻のディーゼル潜水艦を建造するフランスとの契約を白紙に戻してでもAUKUSを締結する十分な理由があった。マクロン大統領も900億ドル(約9兆8900億円)もの建造契約が順調に進んでいなかったことを随分前から承知していた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story