コラム

歴代大統領の不正と異なる「朴槿恵逮捕」の意味

2017年04月03日(月)14時00分

朴槿恵を支持する人々の姿を見ながら思い出した映画がある。2014年に大ヒットした『国際市場で遭いましょう』(日本公開2015年)だ。

この映画の主人公は朝鮮戦争で父親を失い、青春時代をドイツの出稼ぎ炭坑夫として過ごし、結婚後にはベトナム戦争の地へと向かう。

韓国の戦後史を一人の人生に凝縮したこの映画は、多くの韓国人の涙を誘った。当の私も離散家族が再会するシーンは正直、涙を抑えることができなかった。

最終的にこの主人公は、平凡に暮らせるだけのお金を稼ぎ、特に家族から尊敬されることもなく、しかし孫に囲まれて幸せな老後を迎える。そして映画の最後の台詞は「お父さん、僕の人生なかなか捨てたもんじゃないだろう。でも、本当につらかったよ......」だ。

韓国の高齢者層の多くは、映画の主人公のように苦難の時代を生き抜いてきた。時代に翻弄された人生は、もしかしたら苦労の大きさに比べれば「報われない」一生だったかもしれない。

実際、「漢江の奇跡」と呼ばれる朴正熙政権による経済成長には多くの犠牲も伴った。一例を挙げると、朴正煕政権は外貨稼ぎのために、政策として若い男性は炭坑夫に、女性は死体洗浄の看護師としてドイツに派遣した。重労働なだけでなく、炭鉱で命を落とした者も少なくない。一方で戦後まもない貧困層にとっては一財産築くための機会にもなった。

また、国威高揚のために過剰な思想・言論弾圧も行った。

途上国が発展していく過程で、国民個人の生活より国の成長という大義が優先され、それを独裁的なリーダーが率いることは、韓国に限った話ではない。そういった社会の中で庶民は「生活のために」さらには「国のために」という大義を胸に、歯を食いしばって生きていく。

前出の週刊誌記者は母親に「オモニ、朴槿恵のほうがよほどいい暮らしをしているから、気の毒がることはないよ」と諭したというが、それは無駄な話だ。高齢者層にとって、朴正熙時代を否定することは、自らの苦労を否定されることになる。

問題はその「朴正熙」という「お守り」を、ひきずり過ぎたということだ。もっと言えば父親の「精神」と「栄光」を引き継いだ「高齢者のお守り」という以外に、朴槿恵が政治家として成し遂げたことが果たしてあるのだろうか。

韓国社会の価値観の転換を示す象徴的な日

朴槿恵が逮捕された日、韓国ではもう一つ大きなニュースが報じられた。2014年4月に沈没し、この3月に引き揚げられたセウォル号が木浦の港に到着したのだ。

2014年4月15日、300人近い犠牲者を出したセウォル号沈没事故は、韓国民の朴槿恵政権に対する反発心を示す象徴的な事件となっている。

セウォル号事件が朴槿恵政権の失策の象徴とされる理由は、事故後の「空白の7時間」(連載前回参照)だけではない。官民癒着が原因で人命救助が優先されなかったこと、海洋警察などの不手際、政府のコントロールタワーとしての能力不足、また船舶業者への安全対策教育が徹底していなかったことなどが指摘されてきた。追悼行事に関する政権の圧力も問題になっている。

国の成長という「大義」のために、個人の安全がおろそかになり犠牲になる時代は終わった。若い世代にとっては朴正煕時代の「栄光」は単なる過去にすぎないのだ。

3月31日は韓国社会の価値観の転換を示す、象徴的な日になるだろう。

プロフィール

金香清(キム・ヒャンチョン)

国際ニュース誌「クーリエ・ジャポン」創刊号より朝鮮半島担当スタッフとして従事。退職後、韓国情報専門紙「Tesoro」(発行・ソウル新聞社)副編集長を経て、現在はコラムニスト、翻訳家として活動。訳書に『後継者 金正恩』(講談社)がある。新著『朴槿恵 心を操られた大統領 』(文藝春秋社)が発売中。青瓦台スキャンダルの全貌を綴った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中局長協議、反論し適切な対応強く求めた=官房長官

ワールド

マスク氏、ホワイトハウス夕食会に出席 トランプ氏と

ビジネス

米エクソン、ルクオイルの海外資産買収を検討=関係筋

ワールド

トランプ氏、記者殺害でサウジ皇太子を擁護 F35戦
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story