コラム

金正男暗殺で、また注目される「女性工作員」

2017年02月22日(水)16時00分

まず、彼女は死んだ父親が工作員だったと陳述しているが、工作員の子どもは殉職者の遺族が通う学校に入るはずが、彼女は一般の学校に行っている。また、金星政治軍事大学は当時、1年に全国で9人しか選抜されないエリート校で、青年団体の推薦などでは入れない学校である。彼女が受けたという特殊訓練の内容が実際のものと異なっており、そもそも逃亡した窃盗犯に黄長燁暗殺など重要な任務を負わせることは考えにくい。さらには軍事機密を証拠が残るメールで送るわけがない。といったことが指摘された。

元正花の継父であるキム・ドンスンも共犯として当時、逮捕されているが、月刊誌「新東亜」は彼女と継父の通話記録を入手している。

それによると、元は継父に「私は保衛部の"保"の字も知らない」「黄長燁や国家上情報員の要員を殺害しろという指示を北朝鮮からもらったこともない」語っている。キム・ドンスンには12年に無罪判決が出ている。

元正花は宮城県仙台市に2ヶ月間いたことがあり、逮捕当時に日本のメディアにも注目され、テレビで再現ドラマまで放映されている。

メディアを賑わした元正花だが、韓国内では「本当にスパイだったのか?」という疑問も少なくない。何かしらの情報を中国にいる北朝鮮関係者に売ってお金を得た事実はあるかもしれないが、特殊部隊で訓練を受け、正式に派遣された工作員というのは虚偽ではないか、そもそも彼女のハニートラップにかかったという将校らが階級的に重要な機密情報を知り得る立場になかったという指摘もある。

北朝鮮情報の検証が困難であるのは確かだが、であるならば、なおさらこういった指摘を吟味する必要があるだろう。

北朝鮮報道のよくあるパターン

金正男暗殺と関連して、現在マレーシア現地で取材をしている記者の話を聞くと、金正男がなぜクアラルンプールに行ったのかなど、その目的や飛行機で旅立つ前に何をしていたのか足取りがなかなかつかめず苦戦していると言う。

私はあくまで推測で「もしかしたら暗殺のためにおびき寄せられたのかもしれませんね。誰にも知られないように○○に来てほしい、とか」と答えた。

知人は冗談めかして「メディアによっては『情報筋によると』と前置きして、そのまま記事にしちゃうかもしれませんね」と言っていた。世界に報道される北朝鮮に関連するニュースが、慎重に検証されたものから未確認な情報まで玉石混交であることを皮肉ったのだ。

その理由は一次的には北朝鮮が極度な情報統制を行っているためである。外信記者が自由に平壌に出入りして、そこで取材活動することも事実上、不可能だ。

逆に言うと実際の検証が難しいため、"飛ばし気味"の記事を書きやすいという面もある。そしてその記事を「○○新聞によると」と"断った"記事が書かれることで拡散され、既成事実化される。これは北朝鮮報道のよくあるパターンでもある。

プロフィール

金香清(キム・ヒャンチョン)

国際ニュース誌「クーリエ・ジャポン」創刊号より朝鮮半島担当スタッフとして従事。退職後、韓国情報専門紙「Tesoro」(発行・ソウル新聞社)副編集長を経て、現在はコラムニスト、翻訳家として活動。訳書に『後継者 金正恩』(講談社)がある。新著『朴槿恵 心を操られた大統領 』(文藝春秋社)が発売中。青瓦台スキャンダルの全貌を綴った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story