コラム

為替相場を見ている人も気付かないうちに進行している「悪い円安」

2021年08月31日(火)20時58分
為替相場

NARVIKK/ISTOCK

<為替相場は動いていないが、実は日本円の価値はどんどん低下している。それが意味するのは、日本人が貧しくなっているという現実だ>

ここ数年、日本円の為替レートに大きな変動が見られない。だが現実には実質的な円安が進行中で、日本人の購買力は年々低下している。物価の違いを考慮すると日本円は1970年代の水準まで(名目上の取引レートとしては1ドル=250円程度)円安になったと考えることも可能だ。

一般に為替レートは物価水準に応じて変化するといわれる(購買力平価)。だが、為替レートは物価だけでなく、投機的な需要や通貨全体の信頼度、輸出入に伴う実需などさまざまな要因で決まる。何らかの理由で為替レートが大きく変動しないこともあり、今の日本円はまさにそうした状況といってよい。

通常、為替が円安になれば輸出金額が増えるので海外に製品を販売する企業は有利になる一方、輸入金額も増えるので輸入する企業にとっては不利になる。円安で増加した仕入れコストを製品価格に転嫁すれば、消費者は同じものをより高い値段で購入しなければならない。

為替が変動しなくても、日本の物価が横ばいで推移し、海外の物価が上昇した場合には、為替が安くなったことと似たような影響が及ぶ。1ドル=100円で、海外から2ドルの商品を輸入すれば、日本人は200円を支払う必要があるが、海外の商品が3ドルに値上げされれば、為替レートが同じでも300円払わないと商品を購入できない。

為替水準は70年代半ばと同水準

物価の違いを考慮した日本円の各国通貨に対する為替レート(実質実効為替レート)を見ると、現在の為替水準は70年代半ばとほぼ同水準となっている。70年代半ばといえばニクソン・ショック(米政府による金とドルの兌換停止。この措置によって為替市場は変動相場制に移行した)直後であり、1ドル=360円の固定レートが崩れ、円高が進んでいた時期である。

当時の為替レートは1ドル=200円台なので、日本人の実質的な購買力はこの水準まで低下したとの解釈も可能だ。ちなみに75年時点における日本人の平均所得はアメリカ人の約6割だった。その後、日本人の所得が上がってアメリカと同水準になったが、90年代以降、再び下落しており、現在はやはりアメリカ人の6割程度しかない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英総合PMI、4月速報値は11カ月ぶり高水準 コス

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月速報値は51.4に急上昇 

ワールド

中国、原子力法改正へ 原子力の発展促進=新華社

ビジネス

第1四半期の中国スマホ販売、アップル19%減、ファ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story