コラム

厚生年金の適用拡大が意味すること

2018年09月19日(水)13時00分

厚生年金に移行した労働者の年金は増えるが...

政府が厚生年金の適用範囲の拡大に乗り出しているのは、公的年金の財政状況が悪化しているからである。日本の公的年金は賦課方式といって、現役世代が支払う保険料で高齢者を扶養するシステムとなっており、自分が積み立てたお金を老後に受け取るというものではない。

このため現役世代の稼ぎが少なくなった場合、年金をもらう世代の給付を抑制する必要が出てくる。現役世代の負担率をこれ以上、上げることは難しいので、保険料収入を拡大するためには、厚生年金の対象者を増やす以外に方法はない。その結果、これまで厚生年金の対象ではなかった人たちから保険料を徴収することが検討されるようになった。

日本の公的年金は、高齢者が受け取る年金額が、現役世代から徴収する保険料を上回っており、慢性的な赤字となっている。財政状況の現実を考えた場合、保険料徴収の範囲を拡大するのは必須といってよいだろう。

では、厚生年金の徴収対象を月収6万8000円以上のパート労働者に拡大した場合、労働者にはどのようなメリットやデメリットがあるのだろうか。

パートという形態ではあっても、今後も仕事を継続しようと思っている人にとっては、厚生年金に加入できるメリットは大きい。国民年金については保険料の全額を自身で支払う必要があるが、厚生年金は保険料の半分を会社が負担する仕組みとなっている。つまり厚生年金の人は、年金の半分を会社に負担させることができる。

会社負担がある分、厚生年金の金額は大きく、年金を受給する年齢になった時には、国民年金よりも多めの年金が確保される。年金の絶対額が増えることは老後の生活を考えた場合には、大きなメリットといってよいだろう。

労働者の賃金が抑制される可能性も

一方でこの制度は、年金の半額を負担している企業にとってはあまり望ましい話ではない。これまでパート労働者の多くは公的負担を避けるため高い年収を望まず、企業の側も保険料の負担なしでパート労働者を雇いたいと考えてきた。つまり多くのパート労働者と雇用する企業との間には、一種の暗黙の了解が出来上がっていたのである。

ところが、今回、新しい制度が導入された場合には、多くのパート労働者が厚生年金に移管することになり、彼等が支払う保険料の半分は会社が負担しなければならない。形式的に事務手続きが進む大企業の場合には、そのままスムーズに厚生年金に移管するだろうが、中小零細企業の場合にはそうはいかないかもしれない。

従業員の保険料の半額を企業が支払うという仕組みは、中小零細事業者にとっては大きな負担となっている。大量のパート労働者を抱えていた中小零細企業の場合、この費用をどう捻出するのか頭を悩ませることになるだろう。

従業員の保険料の負担が増えたからといって、役員報酬を大幅に引き下げて、保険料の原資にするという経営者は少数派である。そうなってくると従業員の給与を削減し、これを保険料負担の原資とする動きが出てくることになる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story