コラム

なぜロシアは今も「苦難のロシア」であり続けているのか

2022年06月04日(土)17時29分

NW_RKS_01.jpg

16世紀に描かれたモンゴル軍ルーシ侵攻の様子。モンゴルはその後200年にわたってルーシ諸国を支配した PD-OLD, SOURCE: RU.WIKIPEDIA

モンゴル支配時代の半ば、キーウの東方のモスクワで「モスクワ大公国」が起きる。当初はモスクワ周辺を治める小さな都市国家だったのが、モンゴルへの税金を集める役を受託。この金を横領して強大となる。モスクワ大公国は、早い段階で君主制の政体を持っていた。

1480年、同国のイワン3世は、自らツァーと名乗る。ロシア語でツァーリ、ラテン語でカエサル。つまり自分は、1453年にオスマン帝国に滅ぼされた東ローマ帝国=ビザンチン皇帝の後継者だ、と称したのだ。イワン3世は、ビザンチンの最後の皇帝の姪、ソフィヤを自分の妻とし、ビザンチン帝国の紋章である双頭の鷲までわが物にして「第3のローマ」を名乗ることで、モンゴルに完全な独立を宣言したのである。彼の孫のイワン4世(雷帝)は1552年、モンゴル勢力の拠点カザンを制圧している。 

しかしモンゴルから離れたからといって、ロシアは西欧諸国のように近代文明への道を進むことはなかった。むしろ、まるで今のウラジーミル・プーチン大統領のように、近代化への道を自ら「殺した」のである。

モンゴル支配を逃れて共和政の下で繁栄していたノブゴロドは、新興ロシアの邪魔となっていた。1570年、イワン雷帝はノブゴロドに攻め寄せ、民主制の核となっていた商人貴族・インテリ層を実に3000人、剣で斬り、やりで突いて皆殺しにした。

街を流れるボルホフ川は、彼らの血で赤く染まったという。今のウクライナ侵略とまるで同じ。これは、ロシア人特有の残虐さというより、支配拡大をもくろむ人間は誰でも同じようなことをするのである。

いずれにしてもロシアは、武力による拡張と専制支配の道を選び取った。それは、現在へと続いていく。

ノブゴロドを抑え付けたイワン雷帝は1577年、ウラル山脈の向こうのシベリア征服を目指し、コサックの頭目イェルマークを送り出す。ビーフストロガノフを考案した豪商ストロガノフ家の資金を得ての企てだった。ロシア版コロンブスとでも言おうか。

スペインは、約800年間もイベリア半島を支配したイスラム勢力を駆逐した勢いに乗り、世界の商圏征服に乗り出したが、海のないモスクワ大公国はモンゴル勢力を駆逐した勢いで、シベリアへ乗り出した。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story