コラム

「世界中でアメリカ大使が不在」で考える大使の存在意義

2021年07月22日(木)15時00分

世界中で米大使が不在(写真はケネディ元駐日大使)TOSHIFUMI KITAMURAーPOOLーREUTERS

<日本でも中国でもドイツでも米大使の空席が続いているが「アンバサダー」の不在は何をもたらすのか>

アメリカは、大統領が代われば高位高官は全員総替えになる。その数、4000人強。時には政策が180度変わるのだから、それも理にかなったことだ。

ただこの頃のアメリカでは、新任者稼働までの端境期が長過ぎる。トランプ前大統領就任の時には、彼の下で働いてもいいという人材は少なく、彼が信用できる人材も少なくて時間がかかった。現在のバイデン大統領の場合は、民主党内で意見が対立したり、新規任命を承認する権限を持つ上院がなかなか動かないのが原因だ。

そのあおりで東京のアメリカ大使館には今、大使がいない。アメリカが菅政権を見限った、というわけではない。ドイツでも中国でも、アメリカの大使は空席になっている。しかしこれでは、駐日大使館は日本政府の要人に会うのが難しくなる。

今や仕事も飲み会もパソコンの画面で済ます時代。首相と大統領もネット上で話し合って問題を解決すればいいじゃないか、と考える人は多いだろう。しかし国内のあらゆる組織と個人、そして世界中を相手にしなければならない両国首脳の時間は極めて限られている。

問題が起きれば、両国の事務レベル同士で話し合い、最後に残った核心的マターだけ、首脳レベルの話し合いへと上げる。会談の前には問題の背景、相手国の事情を首脳によく説明して、会談の運び方を一緒にシミュレーションする。

このプロセスでは、両国の大使、大使館幹部が重要なパイプとなる。大使館の参事官や書記官はチームを組んで、それぞれのランクに見合った任国諸組織・個人を回り問題を処理する、あるいは解決策を練る。大使や公使は任国首脳の側近、大臣・次官クラスと付き合って、政策がトップに上がる直前の段階で影響を与えようとする。大使が不在でもチームは動くが、その任国での発言力はがっくり落ちるし、首脳レベルとの距離も遠くなる。時としてそれは、任国との関係に致命的なダメージを与える。

筆者がウズベキスタンで大使をしていた時、アメリカの大使が半年ほど不在になった。すると、「権威主義諸国での民主化を支援する」というアメリカのNPO(非営利組織)が「活躍」し、反政府活動家への支援を強化した。

その頃は2003年にグルジア(現ジョージア)、2004年にはウクライナで米NPOの支援を得た反政府勢力が大衆をデモに駆り立てては政権を覆す「レジームチェンジ」が相次いで起きていた。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story