コラム

「怒れる中間層」が復権させる社会主義は、今度こそ機能するのか

2019年12月07日(土)17時30分

香港デモの弾圧は日本の学生運動を思い起こさせる Tyrone Siu-REUTERS

<格差拡大の不満は各国で社会主義の復権を引き起こしているが、それはかつてのソ連が実践していた思想とは違う>

香港の燃える大学に警官隊が突入する画像を見て、筆者の学生時代、50年前の「東大安田講堂陥落」事件(反体制の学生を機動隊が放水と催涙弾で排除)を思い出した。当時、アメリカではベトナム反戦運動とヒッピー、西欧と日本では学生運動の時代。繁栄する資本主義社会の中で、学生たちはカウンター・カルチャーのような自由を求めていたのだが、日本では共産主義革命を起こそうとする者もいた。

その後、筆者はモスクワに勤務して、ソ連型社会主義のありさまをつぶさに見た。投資で生産力を伸ばすより、今あるものを分配する社会では、ろくな商品がつくられない。西側の外交官とコネをつくっては、西側の「ショートしないテレビ」などを手に入れようとするソ連市民や、「生産計画を達成」することばかりに熱心で製品の品質には無関心の企業など、ソ連型社会主義が機能する制度だとは思えなかった。

案の定、1991年末にソ連は崩壊してしまう。半世紀以上も食品などの生活用品価格を補助金で安く抑える一方、消費財生産への投資を怠ってきたツケは、2年で6000%のハイパー・インフレとなって表れ市民の生活を破壊した。「社会主義は駄目だ。実行不可能」が世界の定説になった。

格差解消と成長の「いいとこ取り」

皮肉なことに、資本主義のほうもほぼ同時に、成長の限界を示していた。しかしその根本原因は技術革新・人口増加の停滞、そして製造業の流出にあり、市場経済のメカニズムが時代遅れになったためではない。

だが、西欧諸国では若者の失業が進み、その不満は「反グローバリズム」運動として表れた。08年の世界金融危機で、西側社会における格差の問題は深刻化した。

不満は学生だけでなく中産以下の階層にも広がり、西欧諸国では移民の問題を中心に据えた新興諸政党が政治をかき回す。アメリカでは、民主党の地盤だった中西部の重工業地帯の白人中産・労働者階級の不満をうまくすくい上げたドナルド・トランプが大統領となった。それを見た民主党では今、エリザベス・ウォーレン上院議員が格差是正を正面から掲げて大統領選に挑む。

「怒れる中間層」は、左右その他政党の間で取り合いの状況で、格差解消を錦の御旗にする「社会主義」が復権したのである。

とはいえ、その「社会主義」は、中国や、今はなきソ連のものとは違う。それは、民間企業同士の競争、つまり市場経済の上に存在している。このメカニズムの中で格差を縮小し、同時にそれなりの成長も可能とする、いいとこ取りは可能なのか?

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story