コラム

経済制裁で強硬プーチンを改心させられるのか?

2018年07月11日(水)16時45分

アメリカの制裁はクリミア問題から離れて「内政干渉」への制裁となった Illustration by Tracie Ching for NEWSWEEK

<ウクライナ侵攻に対して西側から科せられた4年にわたる制裁を、ロシアは何とかくぐり抜けてきたが......>

ロシアはソ連時代、1979年のアフガニスタン侵攻などで、欧米から何度も制裁を受けている。その後ソ連が崩壊し、ロシアになってから初となったのが2014年のウクライナ侵攻に対する制裁だ。

G8の一員にすらなっていたロシアとしては、世界の見ている前で村八分を宣告されたような屈辱だった。悔し紛れに「制裁? そんなものは効いてない」と言うが、二言目には「効いてないのだから、早く撤廃しろ」と迫ってくる。やはり効いているのだ。

制裁措置はアメリカ、EU、日本とで内容がそれぞれ異なる。特にアメリカは数度にわたり制裁を強化。その結果、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に近いと目される有力者へのビザ発給拒否や在外資産の凍結、大深度などでの海底石油・天然ガス掘削技術の供与禁止、エネルギー企業への30日以上の融資の禁止が主な措置となっている。

制裁措置が取られた後の15年、世界の原油価格が暴落したことも相まって、ロシアのGDPは前年比マイナス2.6%となり、1人当たりの実質可処分所得は9%以上下落した。

トランプの本音は制裁撤廃

それでもロシアは、制裁措置を何とかくぐり抜けてきている。EUの金融市場での起債が一時できなくなったことでロシアの企業は資金を低利で入手できなくなったが、カネ詰まりで倒産した例は2、3しかない。原油・ガス輸出収入が国内の銀行に回り、これを割高でも借りることができるからだ。

現在ではロシアの企業はユーロ債の発行を再開し、ロシア政府も国債をユーロ建てで発行している。ロシアの債券は利回りが高い上、原油輸出国なので通貨ルーブルへの信頼も高く、飛ぶように売れる。

2016年9月にロシア政府が12億5000万ドル相当のユーロ債を発行したときは、その53%をアメリカ、30%をイギリスの投資家が購入した。

欧米各国も自国や自国企業が損害を受けるような制裁は避ける。国際宇宙ステーションに行くにはロシアのロケットを使っているし、アメリカは消費する濃縮ウランの20%程度をロシアから輸入し続けている。昨年、ドイツとロシア間の貿易は26.5%増加し、米ロ間の貿易も12.5%増加した。

問題は、アメリカの腰が定まっていないことだ。ドナルド・トランプ米大統領は6月上旬のG7首脳会議でロシアの復帰を提唱したが、それが示すように彼の本音は制裁撤廃なのだ。これに対して、米議会は「ロシアに支援されて大統領に当選したトランプ」が制裁を独断で緩めることがないよう、昨年7月に特別法案を超党派で可決。制裁を撤廃するときには、議会の事前承認を義務付けるとともに、プーチンに近い要人に対する制裁強化を要請した。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:失言や違法捜査、米司法省でミス連鎖 トラ

ワールド

アングル:反攻強めるミャンマー国軍、徴兵制やドロー

ビジネス

NY外為市場=円急落、日銀が追加利上げ明確に示さず

ビジネス

米国株式市場=続伸、ハイテク株高が消費関連の下落を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 5
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story