コラム

シリア内戦の最終局面 停戦のカギを握るのは「トルコ」だ

2018年10月14日(日)11時05分

シリア北部イドリブのアサド政権軍兵士(2018年1月) SANA/Handout via REUTERS

<10月15日にシリア北部イドリブに非武装地帯が設置される見込みだ。だが、停戦が継続するかどうかは隣国トルコ次第。トルコは反体制勢力を「分断」できるか、イスラム過激派を「排除」できるか>

2011年春以来7年半が経過したシリア内戦が、アサド政権の勝利という形で最終章を迎えようとしている。

最後に残った反体制勢力の拠点である北部イドリブ県では、トルコ国境に沿って反体制勢力支配地域がつくられているが、9月中旬に交わされたロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領の合意に基づいて、政権支配地域の手前の幅15~20キロに帯状の非武装地帯を設置し、そこから反体制勢力は撤退することになった。その設置の期限が10月15日である。

これまで停戦が何度も合意されては崩壊し、戦闘が再燃した経緯を考えれば、今回の合意による非武装地帯の設置によって停戦が継続するかどうかは予断を許さない。合意が崩壊すれば、7年半で50万人の死者を出したとの推計もあるシリア内戦で、今回の合意は最悪の流血とおびただしい死を加える最終決戦へのリード(前置き)に過ぎなかったと評価されることになろう。

当面停戦が継続するか、破綻するかは、トルコがイドリブ県で強い勢力を張る元アルカイダ系の「シリア解放機構」(HTS、以下「解放機構」)や、アルカイダ系が今年2月に結成した「フッラース・ディーン(宗教の守護者)」などイスラム過激派勢力を、武力によってではなく、政治的な圧力と交渉によってどこまで抑え込むことができるかにかかっている。

トルコはシリア内戦では欧米とともに「穏健な反体制勢力」とされる自由シリア軍を支援してきた。しかし、トルコに接するイドリブなどシリア北部では「イスラム国」(IS)やアルカイダ系の「ヌスラ戦線(現・シリア解放機構)」などイスラム過激派勢力が勢力を拡大し、トルコにとっても国内でのテロ拡散の脅威となってきた。

2017年10月に米国が支援するクルド人勢力がISのシリアの都ラッカを陥落させたが、反体制勢力の最後の拠点として残ったイドリブでも、解放機構などのイスラム過激派が勢力を張っている。

一方で国連の発表では、他の反体制地域から逃れてきた避難民を含めて250万人の市民がいるとされる。アサド政権軍と、それを支援するロシア軍の総攻撃でイドリブが陥落すれば、トルコには大規模に難民が流入することは避けられず、さらに混乱に乗じてイスラム過激派もトルコ国内に入ってくる。

トルコにとってイドリブ情勢の行方は、難民とテロという自国の危機と直結している。

イスラム過激派が非武装地帯の設置に反対する理由

ロシア・トルコ合意については、「自由シリア軍」を名乗る反体制武装組織で、トルコの支援を受けて今年5月に結成された「解放国民戦線」(NFL、以下「国民戦線」)は受諾を発表した。解放機構は明確な態度を表明していない。フッラース・ディーンは拒否を発表した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story