コラム

民主化か軍事化か、制裁解除後のイランの岐路(前編)

2016年01月25日(月)15時58分

 2005年の大統領選挙の時、アフマディネジャド氏は、テヘラン市議会の最大会派から任命されたテヘラン市長として2年間の経験しかなく、全国的には無名だった。大統領選挙の決選投票で元大統領のラフサンジャニ師を破るという、誰も予想しない番狂わせとなった。私は、テヘランで勝利の背景を知りたいと思った。当時は、アフマディネジャド氏はイスラム的な改革を唱えて、テヘラン市南部で公園開発などをし、貧しい人々の支持を集めたとされた。有力な宗教者であり、同時に手広くビジネスを行う大金持ちのラフサンジャニ師が普通の人々から嫌われたという解説もあった。

 テヘランの中では貧しい市南部を歩いて人々の話を聞いた。ラフサンジャニ師を選挙で負かしたアフマディネジャド氏の人気が人々の間に広がっていることを実感できるだろうと思った。しかし、人々の話を聞いても、アフマディネジャド氏を支持する人々の熱気は感じられなかった。アフマディネジャド氏のポスターを建物の壁に張っている商店主さえも、熱心な支持者ということもなく、新大統領について「人物や政策についてはよく知らない」というあいまいな感想を語り、整備された公園の近くで地元の人々に話を聞いても、「私たちには公園で遊ぶような余裕はない。あれは金持ちのためだろう」という冷めた反応が出てくる始末だった。全く当てが外れた。

 選挙民の間にアフマディネジャド氏への支持が広がっていないとすれば、知名度でも影響力でも勝るラフサンジャニ師を破ったのは、民意ではなく、"天の声"だということになる。つまり、最高指導者のハメネイ師の意思と考えるしかなかった。イランでは民主的選挙が実施されているが、ハメネイ師が最高指導者として動かすことができる票があるという話を聞いた。師の直轄である革命防衛隊や、その下部組織でバシジと呼ばれる全国で組織化された民兵組織、さらには全国にネットワークを持つイスラム系の慈善団体などだ。選挙で番狂わせが起きたのも、ハメネイ師の元でそのような票が動いた結果だろうと推測した。

 2005年に改革派のハタミ師から保守強硬派のアフマディネジャド氏へと大きく転換した背景を考えるならば、改革派のハタミ師の登場で、多くの民主的な改革がなされたが、ハタミ師を支持する市民の間に、イスラム体制そのものを否定しようとする動きが出てきたために、ハメネイ師が改革派を抑えにかかったということだろう。

改革派も強硬派も、最高指導者ハメネイ師の「政治カード」

 さらに当時の政治状況だが、イランは2001年の米同時多発テロの後、ブッシュ大統領の演説でイラクや北朝鮮とともに「悪の枢軸」と名指しされ、2003年のイラク戦争で米軍がフセイン政権を打倒し、イラク駐留が始まっていた。「対テロ戦争」を掲げる米軍はわずか20日の戦争で、フセイン政権を打倒した。その次の標的は、シリアか、イランか、と世界は注目した。「イスラム革命への回帰」を唱え、革命防衛隊ともつながるアフマディネジャド大統領を立てることで、反米で国内の引き締めと国家防衛を優先する狙いがあったはずだ。

 このように考えれば、改革派のハタミ師も、保守強硬派のアフマディネジャド氏も、保守穏健派のロハニ師も、すべてハメネイ師がイスラム体制を維持するための政治的なカードである。しかし、現実の政治は常に最高指導者の意図からはみ出して動いていく。その最初が、1997年の大統領選挙で、保守派の本命と見られていたナーテクヌーリー国会議長が、改革派のハタミ師に破れたことだろう。ハタミ師は市民の熱狂的な支持に支えられ、地滑り的な勝利となった。ハメネイ師はハタミ師の改革路線を支持したが、改革に乗じてイスラム体制を否定しようとする動きが出てくると改革派に対して強硬な姿勢をとった。その結果、ハタミ政権の後には、全く逆のスタイルのアフマディネジャド政権が登場した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

電気・ガス代支援と暫定税率廃止、消費者物価0.7ポ

ワールド

香港火災、死者128人に 約200人が依然不明

ワールド

東南アジアの洪水、死者161人に 救助・復旧活動急

ワールド

再び3割超の公債依存、「高市財政」で暗転 25年度
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story