コラム

シーア派指導者処刑はサウジの「国内対策」だった【サウジ・イラン断交(前編)】

2016年01月08日(金)16時20分

「アラブの春」を象徴する宗教者

 ただし、危機の原点に目を向け、問題を理解するためには、なぜ、サウジがシーア派宗教者を含む47人を処刑したのかを、まず、外交問題とは分けて考える必要がある。

 サウジが処刑したシーア派の宗教指導者は同国東部のシーア派の中心都市カティーフの北部にあるアワミヤ地区のニムル・ニムル師である。イランでシーア派教学を修めたイスラム法学者で、2011年の「アラブの春」に呼応してカティーフで政府批判デモが起きた時、サウジの政治改革を求めるデモを支持した。デモは治安部隊に弾圧されて抑え込まれるが、ニムル師はサウジの中での「アラブの春」を代表する顔となった。

 2012年にデモ弾圧の渦中で逮捕され、2014年に死刑判決を受けた。国際的な人権組織アムネスティ・インターナショナルは報告書で、ニムル師は暴力を否定し、あくまで表現の自由の行使ということで意見表明を通じての平和的な活動だったと認定している。

「最も危険な宗教者」

 サウジ内務省が「テロリスト」として処刑した47人のうち、ニムル師を含む4人がシーア派活動家。それ以外はスンニ派で、特にアルカイダを支持する宗教者として2004年に逮捕され、死刑判決を受けていたファーリス・ザハラーニ師が含まれていた。

 サウジでは2003年4月にイラク戦争でバグダッドが陥落して1か月後にリヤドの外国人住宅地3か所で連続自爆テロがあり、40人近くが死んだ。これはアルカイダの犯行とされ、ザハラーニ師は「国家を反イスラムと非難し、アルカイダに参加して、テロ行為を奨励した」とされる。アルカイダを支持する「最も危険な宗教者」とみなされた。

 結果的にイランの民衆がニムル師の処刑に反発して暴走したために、サウジ・イランの断交という形になって国際的に大きな反響を呼び、ザハラーニ師の方はニュースにもならない。しかし、サウジ内務省が今回の大量処刑で警戒していたのは、国内のシーア派の反発ではなく、サウジの国の根幹である厳格なスンニ派の立場から王政を断罪するザハラーニ師の処刑に対するスンニ派民衆の反発だったはずである。

ISの自爆テロと王制批判

 特に昨年2015年はイスラム国によるテロが続いた。通常の治安状況がほとんど表に出ないサウジで、政治的な混乱がニュースになるのは2011年のデモ以来であり、今回の特徴は、デモではなく、ISによるテロである。5月にはカティーフやダンマンなどのシーア派のモスクが自爆テロを受け、「イスラム国ナジュド州」が犯行声明を出した。

 その後、7月には警察署、8月にはサウジ南部のアブハにある治安部隊のモスクでの自爆テロがあり、治安警察官など15人が死亡するなど、体制を標的にするものに転じた。カティーフでのテロのイスラム国の犯行声明の中でも、サウド王家について、「シーア派に対抗して国民を守ることができない」「イスラム法をないがしろにしている」と批判していた。

サウジに根がある「戦闘的サラフィー主義」

 サウジから2500人の若者がシリアとイラクにまたがるISに参戦していると言われるが、ISの思想は、サウジの国是であるイスラム厳格派「サラフィー主義」が「ジハード(聖戦)」を掲げて戦闘化した「戦闘的サラフィー主義(サラフィー・ジハーディー)」である。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イタリア、イスラエルとの防衛協定の自動更新を停止

ワールド

北朝鮮、日本の外交青書を非難 「重大な挑発」

ワールド

世界的な肥料供給不足、途上国にとり切迫した問題=I

ワールド

ロシア、ネット遮断は一時的措置=ペスコフ報道官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍の海上封鎖に中国が抗議、中国タンカーとの衝突リスク高まる
  • 2
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 3
    高さ330メートルの絶景と恐怖 「世界一高い屋外エレベーター」とは
  • 4
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 7
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 8
    トランプを批判する「アメリカ出身のローマ教皇」レ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 4
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 5
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 6
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 7
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 8
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story