コラム

韓国における「公正」とは?...公共放送KBSの受信料騒動が浮き彫りにした、韓国社会の分断

2023年08月07日(月)16時47分
KBS

Jisoo Song-shutterstock

<韓国でも報道は公正かつ客観的でなければならないと定められているが、日本における「公正」とは意味が異なる。今回の騒動が突き付けた、公共放送のあり方について>

日本の放送法は放送事業者に「公平」であることを求めている。同様の規定は韓国にもある。韓国の放送法は第6条で「放送による報道は公正かつ客観的でなければならない」と定めている。

このような放送の公平や公正が特に高い水準で求められるのは、公共放送においてである。

 
 
 
 

公共放送に関わる韓国のシステムは複雑であり、政府所有特別法人である韓国放送公社(KBS)と韓国教育放送公社(EBS)、政府が出資する特殊法人を最大株主とする文化放送(MBC)の3つが存在する。

政府所有の特別法人であるKBSとEBSには受信料収入があり、政府に間接的に支配される株式会社のMBCにはこれがなく、広告収入を主な財源とする。

しかし、韓国の公共放送が日本と大きく異なるのは、法的な在り方よりも社会的立場である。背景には、2003年に成立した進歩派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権以来の「言論改革」をめぐる議論が存在する。

盧は当時の韓国の言論状況は保守勢力に支配され、ゆがめられた状況にあると批判して、改革を主張した。同政権はその手段の1つとして、自らが支配権を持つ公共放送への人事権を利用し、結果、公共放送において進歩派が主導権を持つ体制が確立された。

だが状況は保守派の李明博(イ・ミョンバク)が大統領に就くと逆転する。李は公共放送の報道を進歩派に大きく傾くものとして批判し、KBSの社長を解任、MBCの社長も交代に追い込んだ。進歩派が影響力を持つ両社の労働組合はこれに反発、大規模なストライキも展開された。

そして同じことが、進歩派の文在寅(ムン・ジェイン)が政権に就くと、攻守を変える形でそのまま行われた。大統領の地位から弾劾された朴槿恵(パク・クネ)に任命されたKBS、MBCの社長の辞職を求めて労働組合が圧力をかけ、彼らもやはり任期半ばにて解任された。

韓国では「公正イコール正義」

そして今、22年に成立した保守派の尹錫悦(ユン・ソギョル)政権が、両社の社長や理事長に圧力をかける事態が生まれている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story