コラム

韓国「変則的な大統領制」の欠陥がもたらす奇妙な選挙制度

2022年03月29日(火)16時00分

この状態では、尹は自らの望む法案や予算案を通すのが難しいのみならず、自らの政府を構成する内閣を組むことすら難しい。何故なら、韓国における組閣にはまず国務総理を任命する必要があり、国務総理の任命には国会の同意を取り付ける必要があるからだ。

もちろん、この様な状況は韓国の憲法上の規定から生まれるものだから、歴代政権においても見られなかった訳ではない。その様な場合に歴代大統領が用いて来たのは、就任から早い段階での自らの高い支持率を利用して、国会にて抵抗する野党に対して「(大統領への支持を見せる)国民の意志に反して行動している」というレッテルを貼り、国政停滞の責任を押し付けることである。

こうして野党を抑えつけるとともに、その支持率を低下させ、来るべき国会議員選挙における与党勝利の基盤を作る、という訳である。

とはいえ、尹にはそれも難しい。大統領選挙での彼の勝利は得票率差にして僅か0.7%という薄氷のものであり、現与党支持者の忌避感は強い。大統領選挙での出口調査によれば、有権者の多くは投票先を選んだ理由として、「投票した候補者への支持」よりも「投票しなかった候補者への嫌悪」を選んでおり、現与党への支持者がそう簡単に尹支持へと移るとは思えない。

尹自身も当選後、現与党や文政権への歩み寄りはなく対決姿勢を強めており、進歩派と保守派に大きく二分されるこの国で新大統領を中心とする「国民和解」への兆しは見られない。

だが、それなら尹に希望は全くないか、と言えばそうではない。

大統領選挙と国会議員選挙のタイミングがずれているこの国では、地方選挙のタイミングもまたずれているからである。

日本とは異なり、仮に首長や議員が欠けて補欠選挙が行われた場合にも、その選挙で選ばれた新首長や議員の任期を前任者の残任期間とする事が定められているこの国では、4年に1回大規模な、文字通りの「全国地方同時選挙」が行われる。

そして、そのタイミングもまた、民主化を経て地方自治がこの国に再導入された時の地方自治選挙、より正確には日本の都道府県や政令指定都市に当たる「広域自治体」の議会選挙が、たまたま1991年6月に行われたことを起点としている。

そこから4年に1度、ソウルや京畿道といった巨大自治体を含めた全ての知事・市長・地方議会選挙が一斉に行われる。辞職や欠員による任期の変更がない以上、そのタイミングが変わることはない。だからこそ、「全国地方同時選挙」もまた国会議員選挙と同じく、任期の異なる大統領選挙との間で接近と離合を繰り返す事になる。

つまり、「全国地方同時選挙」は大統領選挙や国会議員選挙と並ぶ「全国選挙」であり、その勝敗によって各党派は自らへの国民の支持の大小を測り、相手側に誇ることができる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

黒海でロシアのタンカーに無人機攻撃、ウクライナは関

ビジネス

ブラックロック、AI投資で米長期国債に弱気 日本国

ビジネス

OECD、今年の主要国成長見通し上方修正 AI投資

ビジネス

ユーロ圏消費者物価、11月は前年比+2.2%加速 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドローン「グレイシャーク」とは
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 6
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 7
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story