コラム

維新の躍進とリベラルの焦りが日本に韓国型の分断を生む?

2021年11月03日(水)10時32分

そしてそれは韓国も例外ではない。よく知られている様に、民主化後の韓国では朝鮮半島の南東端に位置する慶尚道の人々が保守的な政党を支持し、逆に南西端に位置する全羅道の人々が進歩的な政党を支持する現象が続いている。とはいえ、これは奇妙な現象でもある。何故なら、政治や経済、そして様々な社会的な出来事において、ソウル首都圏が圧倒的な比重を持つ韓国においては、慶尚道も全羅道も所詮は一つの「地方」にしか過ぎず、置かれている状況が大きく異なっている訳ではないからだ。日本に例えるなら、相対的に中立的な首都圏の人々を挟んで、東北と九州の人々が異なるイデオロギーを以て対峙するようなものである。例えば、発展するソウル首都圏に対して、そこから劣後しつつある地方に住む人々が富の配分を求めて対峙するならわかる。しかしながら、この韓国の状況においては、巨大な首都圏を放置したまま、同じ「地方」である二つの地域が、激しく対峙するに至っている。そして加えてそこには憎悪にも似た強い敵対感情すら存在している。

この様な韓国の状況は、時に日本では、遠く古代の新羅と百済の対立からつながるものであるかように理解されることがある。しかしそれは例えば、維新の会の大阪における隆盛を、大阪夏の陣の経験から説明するようなものであり、学術的な根拠のあるものということは出来ない。何故なら、1948年に独立した直後の韓国では、保守的な慶尚道の人々が進歩的な全羅道の人々に対峙する、というような状況は存在さえしていなかったからだ。

「民主化運動の拠点」に何が

遡れば以下のようになる。日本統治期の朝鮮半島の日本内地に対する最大の移出産品は米であり、朝鮮半島の経済を支えていた。朝鮮半島最大の湖南平野を持つ全羅道はこの米生産の最大の拠点であり、だからこそ、この地域には米の生産により栄えた大地主も数多く存在した。そこには、今日、「親日派」と韓国において呼ばれることになる日本統治への協力者すら数多く存在した。

だからこそ、独立直後の韓国において、この地域は多くの保守的な政治家を生み出し、そのある部分は当時の李承晩政権を支えることになった。他方、同じ李承晩政権に対する抵抗運動で大きな役割を果たしたのは、慶尚道地域の人々であった。李承晩政権を倒した1960年の民主化運動で先鞭を切ったのは大邱の学生運動であり、また馬山における民主化を求める動きだった。つまり甞かつては慶尚道こそが「民主化運動の拠点」であったのである。

一言で言えば、1960年代頃までの韓国においては、現在我々の目の前にあるような、慶尚道の人々と全羅道の人々が異なるイデオロギーを以て対立する状況は存在しなかった。この様な状況が生まれるきっかけとなったのは、1961年の軍事クーデタ以降、韓国において朴正熙、全斗煥と続く慶尚道出身の大統領を戴く政権が成立し、その人脈を辿って多くの慶尚道出身の人が、政界や財界の要職に就いたことであり、またこの政権が自らの出身地域に、同時期に始まった発展の成果を集中的にばらまいた、からである。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story