コラム

維新の躍進とリベラルの焦りが日本に韓国型の分断を生む?

2021年11月03日(水)10時32分

他方、この地域色の強い政権の下、全羅道出身の人々は要職から排除され、発展からも取り残された。だからこのような状況は、この地域の人々に強い野党性向をもたらせるもたらすこととなった。結果、慶尚道の人々を中心とする権威主義的な政権に対して、全羅道を中心とする人々が民主化を求めて運動する、という構図が出来上がる。1980年の光州事件の背後にはこの様な当時の構造が存在し、この全羅道の人々の民主化運動を、慶尚道出身の大統領を戴く政権が弾圧することで、両者の対立はますます激化した。

しかしそれだけでは、何故にこの両地域の対立が、左右のイデオロギーの別を以て行われるようになったかは説明できない。重要だったのは、東西冷戦の最前線に置かれた権威主義政権期の韓国政府が強い「反共主義」を有しており、それ故に自らに対抗する勢力に対して、「共産主義者」のレッテル貼りを行ったことである。冷戦期の韓国において「共産主義者」というレッテルは、自らと対立する北朝鮮と関係を持つ、「国家の敵」であることを意味しており、当時の政権はこのレッテル貼りにより、自らの弾圧を正当化しようと試みた。

為政者に利用される対立意識

そしてやがてこのレッテル貼りは、民主化運動において大きな役割を果たした全羅道の人々全体にすら向けられることとなった。つまり、全羅道の人々は「共産主義者」であり信用ならない、というのである。そして時に、そこでは政権に近い人々による、全羅道の人々に対する侮蔑的な言説すら展開されることとなった。つまり、政権は潜在的な両者の対立意識を動員して、自らの行動を合理化し、そこに今日まで繋がる憎悪と蔑視の感情を帯びた、韓国固有の地域主義が生まれることになった

しかしながら、こうして慶尚道に基盤を持つ政権が、全羅道において大きな力を持つ民主化運動に「共産主義者」のレッテル貼りを行ったことは、1987年の民主化後の韓国においては、全く異なる意味合いを持つことになった。甞つての権威主義体制やその指導者達の転落は、逆にこれに抵抗してきた人々にプラスのアイデンティティをもたらもたらすことになったからである。こうして生まれたのが全羅道の人々の間での、民主化運動を支えた「進歩派」としてのアイデンティティである。

進んでこの状況は1998年に金大中が政権を獲得した後は、逆に「進歩派」のアイデンティティをもつ全羅道の人々が、慶尚道に基盤を持つ勢力を権威主義体制の流れの引くものであるとして攻撃する形を生み出すこととなり、今度は攻撃された慶尚道の人々が、自らが「保守派」であることにアイデンティティを見出す状況を生み出した。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story