コラム

愛らしく哀れみ誘う......そんなロバの印象を一変させた恐怖体験

2024年09月03日(火)17時46分

後ほど調べると、ロバは通常は背後の人を蹴るものだが、それはある種の「事故」だということが分かった。ロバの後ろから近づくとロバの死角になるので、たとえおとなしいロバであっても、悪意を持って忍び寄られていると感じて本能的に蹴るのだという。

でも僕の場合は、おとなしいロバを相手にしていたわけではない。わざわざ身を起こして前脚で僕を蹴ることだってやりかねなかったわけだ。

実は次の日、地元のロバ農場を運営しているウィルという気さくな男と話したところ、あのロバの前では思いつきもしなかったのだが、ロバは横にも蹴ることができるのだと教えてくれた。良かったのは、僕が1つだけ完璧に正しい対応を取ったと彼が言ってくれたこと――ロバに一度も背中を見せなかったことだ。僕はロバからのメッセージを受け止めたことを示すため、向きを変えて「静かに立ち去ろう」と考えた。でもどうやら、ロバはむしろこれをチャンスと見ていたはずだ。

僕は今、ロバの行動についてかなりのことを知っていて、しかもそれはかなり興味深い。ロバよりはるかに大きな親戚である馬だったらほとんどの場合、何かしら危険を察知すると逃げ出すものだが、ロバは本能的に「逃げる」より「戦う」ことが多い。ロバは一歩も引かない。ロバの鼻面を叩いてこちらがボスであることを思い知らせてやろう......などと試していたら、大変なことになっていただろう。

乗馬体験のロバはおとなしいメス

また、僕が遭遇したのは「番ロバ」であることも学んだ。番ロバだって? 番犬なら知ってるけど、よりによって番ロバ?

オーストラリアでは、羊の群れが柵もない広々とした場所を歩き回っているので、農場主は何らかの脅威 (キツネなど)から羊の群れを守るためにロバを数頭投入している。アメリカでは、ロバが時にコヨーテを殺すこともあると読んだこともある。イギリスの人々はロバの狂暴性を過小評価しているようだ。

僕がもう1つ学んだのは、「去勢されていない」オスのロバたち、言うなれば「ジャック」は、予測不可能で攻撃的になり得ることで知られているということ。これらは浜辺で子供を乗せるのには向かない。その役目は通常、「ジェニー」ことメスのロバが担う。去勢されたオスはしばしば荷役用として用いられる。それでも去勢が遅すぎると危険な可能性もある。まだ猛々しいホルモンを持っていた頃の「習性」が残っているからだ。

僕は遭遇したロバがジャックであることを確認できた。彼がまだかなり若いか、若くなければ普通よりも攻撃的なロバだったのではというのは推測でしかない。彼は自分とお仲間たちを放っておいてほしかっただけなのだろう。そして、かなりの時間を費やしてフェンスに沿って僕を右に左に押した後、僕がそれほど危険ではないと判断したのか、牛たちのところに戻って行った。僕は野原から出る最短ルートを取り、踏み段まで引き返して、外側を遠回りした。

この一件で僕はロバを嫌いになっただろうと思われるかもしれないが、実を言うとロバという種に新たな尊敬と興味を持つようになった。彼らがいかに強く、いかに遊び心に満ちているか、そしてよく言われる「頑固さ」は彼らの知性を反映しているからこそだ(良くないことだとロバが知っていることをロバに無理矢理やらせることは不可能だ)ということについても、読んだ。

ロバは非常に社交的な動物だ。このロバはたまたま、牛たちを自分の仲間と見ていて、僕のことは部外者と判断した。僕がロバを擬人化してしまっているのは承知の上だが、それでもこちらにやって来て僕に対処した彼は「勇敢」だと感じずにはいられない。

そして、彼は状況を実際の暴力にエスカレートさせることなく自らの主張を通したので、僕たちはなんとか「理解」に達したと思わざるを得ない。つまり、あそこは彼の縄張りであり、僕は彼らに迷惑をかけてはいけなかったのだ。

公共の歩道のある野原にロバを放っている農家には問題がある。でも、ウィルが僕に説明したように、僕は「ロバらしく振る舞っている」ことを理由にロバを恨むことはできない。

もちろん、ロバの写真を間近で撮る時間はたっぷりあった。あなたも彼を好きになるはず......。

newsweekjp_20240903083939.jpg

行く手を阻んだロバの表情はこちら COLIN JOYCE

20250204issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月4日号(1月28日発売)は「トランプ革命」特集。大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で、世界はこう変わる


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ブラックストーン、10─12月手数料収入が過去最高

ビジネス

USスチール、第4四半期決算は減収・赤字 需要環境

ワールド

ロシア、ウクライナの集合住宅にドローン攻撃 9人死

ビジネス

米UPSの25年売上高、アマゾン配送50%超削減で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story