コラム

右傾化するヨーロッパと左傾化するイギリス

2024年06月22日(土)16時00分

ブレグジットは特異な出来事だったかもしれないが、EUやその機関(つまりはブリュッセル)の理念に対する嫌悪がイギリス特有のものだという考えは間違っている。ヨーロッパ中の多くの人たちも、国家から主権を奪う超国家組織という考えを嫌っており、EUの官僚主義や予算の無駄を嫌悪している。EUで権力を握る連中は、自分たちとはかけ離れた利己的なエリートだと考えている。

もちろんEU加盟国であることには経済をはじめ多くのメリットがあることも確かで、各国はそれぞれのメリットを享受している。例えばルーマニアなど貧しい国は拠出額を上回る予算の配分を受けているし、ベルギーのような小国は世界の舞台で大役を担うことができる。

ドイツは「よきグローバル市民」として忌まわしい歴史を償い、バルト諸国はかつての支配者ロシアから距離を置き、「西側」への忠誠を示すことができる。ポルトガルやキプロスなど自国政府への不信感が強い国にとっては、ブリュッセルは便利な「抑止力」となっている。

つまり、ヨーロッパの多くの国は、EUを進化的で素晴らしい形態として歓迎しているわけではなく、その欠点も含めて「受け入れている」にすぎないのだ。

EUに対する熱意を示す指標は投票率に表れている。今回の欧州議会選の投票率は51%(11カ国が同時に自国の地方選挙などを行ったおかげで押し上げられた)。クロアチアでは辛うじて20%に届く程度だったし、ブルガリアでは3人に1人をやや上回る人が投票した。オランダでは2023年に行われた総選挙の投票率が77.75%だったのに対し、欧州議会選は46.2%、スウェーデンでは2022年の総選挙が84.2%で、今回が50.4%だった。

移民問題に物申す人は「人種差別主義」?

この20年間で移民流入がヨーロッパを大きく変えたのは明らかだ。この間、リベラルで「グローバル志向」の人たちは、移民反対派は単純に人種差別主義で狭量だと主張して、彼らを黙らせようとしてきた。

しかし近年では、移民に対して最も開放的だったスウェーデンとオランダにも変化が見られ、移民規制の強化を掲げる政党が躍進している。これは増え続ける大量の移民を受け入れてきた社会が、その経験から移民の減少を望むようになっていることを示唆している。

主要な政党がこの事実を無視することによって、移民流入はいかなる形態であれ害悪で危険であり、それゆえ誰であれ移民は脅威だ、と誤った考え方を吹聴するような、より過激な勢力が世間の機運を悪用する余地が生まれてしまう。


ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU、凍結ロ資産活用へ大詰め協議 対ウクライナ金融

ビジネス

トランプ氏、次期FRB議長候補の最終面接を今週開始

ワールド

トランプ氏、メキシコなどの麻薬組織へ武力行使検討 

ビジネス

米国株式市場=S&P小幅安、FOMC結果待ち
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story