コラム

イギリスはすっかり「刃物社会」になった......あまりに多発するナイフでの死傷事件

2024年03月09日(土)19時20分

2021年はひどい年で、ティーンエイジャーの殺人被害者は30人にのぼり、そのほとんどが刺殺だった。どうやら、急増したのは新型コロナのロックダウンが終わったのと関係しているようだ。自宅待機中にくすぶっているように見えていた数々の対人トラブルが、「通常の」生活が再開されるや殺人事件の増加につながった。

2023年にロンドンで殺害された21人のティーンエイジャーのうちでは、18人が刺殺だった。死者数が減少した理由の1つは、ロンドンの各病院が、度重なる経験の蓄積により刺傷の治療技術が向上したことだと聞いて、愕然とすべきなのか喜ぶべきなのか、僕は戸惑っている。

幸い、僕の通りで刺された16歳の被害者は、一命を取り留めた(だが何度も刺されて重傷を負った)。幸運にも警察は数時間のうちに20歳の加害者を逮捕できた。僕の家のすぐそばで人が誰かを殺害しようとしていたという恐怖は、ほんの少しだけ和らいだ。

刃物事件は、暴力事件が減少しつつある近年の社会の流れに逆行している。僕自身はといえば、かなり危険な時代に育った。1980年代と90年代は、けんかも強盗事件も多く、サッカーでは暴徒フーリガンも深刻な問題だった。

10代の頃に僕は、一度も話したことすらない人に、いきなり横から不意打ちパンチを受けたことがある。彼の「動機」は、以前にどこかのパーティーで僕の学校のグループとけんかになったことがあり、その報復ということらしかった。また別の時には、瓶を頭に向かって投げつけられたこともあった(頭に当たらず、壁にぶつかった)。地元の街で退屈を持て余していた若者グループの前をたまたま夜遅くに通った時に起こった出来事だから、これは単に悪ふざけだったと思う。
 
他にも、地元のギャングに追いかけられ、車を運転していた通りすがりの人が事態を察して乗せてくれたために逃げ切れたこともあった。あの時、危険度を天秤にかけたことを覚えている。見知らぬ人の車に乗るか、7、8人の攻撃的な少年たちに捕まるか。

今やカッターから「ゾンビ」ナイフへ

それでも30年前は、刃物で刺される心配はそこまで大きくなかった。パブでは時々、グラスを即席の武器にして殴りつける「グラッシング」が発生していた。ひどいけがや傷になるが、死亡することはごくまれだった。

ナイフを持ち歩く場合でも、「刺す」よりも「切る」ために使うことが多かった。どちらも悪質だが、刺すほうが著しく重傷になる。

ある時点から刺すのが常態化し、「軍拡競争」が始まった。ナイフを持ち歩くと言えば以前はカミソリやカッターナイフを指したが、今では「ゾンビ」ナイフを意味する。これは、致命的な重傷を負わせることだけを目的とした武器だ。恐ろしい考えだが、口げんかがしょっちゅう刃物事件に発展する文化は、武器を携帯して、刺される前に刺してしまえという雰囲気を生み出す。

昨年のクリスマス数週間前のある金曜日、僕は店に行く途中で警察の金属探知機をくぐる羽目になった。電車を降りて街に入るところで皆がくぐるように設置された可動式の金属探知機で、街行く多くの浮かれた人々が通り抜けていた。その探知機は、煩わしく時間も要するボディーチェックをせずともナイフを検知できる。もう1つの気が重い事実は、致命的な暴力事件がクリスマスや新年などのお祝いムードで「善意に満ちた時期」に増加しやすいことだ。

僕は以前にも、たとえばノッティングヒル・カーニバルなどで同じような探知機を目にすることがあった。それでも地元の小さな町でこれを経験するとは驚きだった。残念ながら、わが街にまで探知機を設置するのは「やりすぎ」だったとは思えない。もしかすると警察は、ちゃんと何らかの対策をしていますよと市民を安心させたいのかもしれない。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story