コラム

イギリスでコロナ禍がむしばんだもの

2021年10月05日(火)14時15分

今やNHSはまともに機能せず、医師の予約は取りづらくて対面での診察すら受けられない(写真は昨年6月にマスクなどを着けて対面で診療するイギリスの医師) Daniel Leal-Olivas/Pool/REUTERS

<世界に誇るイギリスの寛大なODAや労働者保護、医療システムなどが、パンデミックのせいで損なわれている>

新型コロナウイルスは数々の形で世界を変えた。その中には、パンデミック(世界的大流行)以前は僕自身も喜ばしく感じていたし、イギリス人の誇りにすらなっていたような事柄の変化も含まれている。

1つがODA(政府開発援助)だ。僕は以前にイギリスが並外れて寛大なODA拠出者であり、ブレグジット(EU離脱)のイギリスが決して「世界に背を向けている」わけではない「証拠」として述べただけに、このODA問題について指摘しておかなければならない。イギリスは以前はODAで世界をリードしていた。国民総所得(GNI)比0.7%の目標を達成していたG7唯一の国だったのだ。それが今年は、0.5%に削られた。

ロックダウン(都市封鎖)や自宅待機で財政が大損害を被ったから、ほぼ間違いなく、これは政府にとって「やむを得ない」ことだった。だがそれでもODAカットは残念であり、他の経済大国の上をいっていた理想をイギリスが放棄してしまったことの表れでもある。今や、イギリスは比較的寛大な国々の「うちの1つ」に成り下がってしまった(そしてODA予算は少なくとも現政権の政策だけに基づいているわけではない)。

次に気になるのは、英政府が国民保険料を4月から1.25ポイント引き上げたことだ。こちらにもちゃんとした理屈がある。高齢化が深刻な問題になっているなかで、高齢者介護の資金を確保しようというのだ。

でもこの方針は、イギリスを「あまり稼がない人にとって暮らしやすい国」にすることを狙った英政府の政策に反しているから、僕は懸念を覚える。これまでの方針によって、低所得者の税金は極端に低くなり、実際のところ、より多くの労働者が税金を払っていなかった。

国民保険は「不公平」な税金

英保守党を批判する人々は彼らを「金持ちの党」と言うが、保守党は労働者階級にも根強い支持基盤を持つ。多くの労働者階級の人々は保守党を(金持ちか貧しいかに関わらず)「努力家の味方」の党だと見ているからだ。この10年で、イギリスでは人々の税引き前の手取り収入の総額はかなり上がった。僕がイギリスに帰国した2010年には「課税最低限度額」は6475ポンドだったが、今ではほぼ倍の1万2570ポンドになっている。この間に最低賃金は着実に上昇してきた。

それはつまり、ごく低スキルの仕事でも妥当な賃金が支払われるようになったということ。最低レベルの仕事、たとえば実習生には所得税はかからないし、1週間に2日しか働けない人なら税金を払わなくていいし、1万2570ポンド以下の収入の人には課税されないから、所得が低ければほんのわずかな税金しか課されない。これは、貧しくスキルの低い人々が、たとえ大した収入を得られないにしても、とにかくなんとしても仕事をしようと思える強い原動力になっていた。

だが、国民保険は、名前を変えた所得税の一形態のようなもので、国民保険料が引き上げられるということは、最も貧しい人からカネを取ることになる。これは、最貧者の税負担を軽減して勤労を後押ししようとする長年の傾向に反している。

これは賃金のみにかかる税金だから、腹立たしいことに投資で生活している富裕層は影響を受けない。今日の最貧層は、自分たちよりずっと裕福であろう高齢者の介護のためにカネを支払うことになるわけだから、「不公平」な税金でもある。それに、貧しい人々は寿命が短い傾向にあるから、その恩恵を受けられない可能性もある。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ、2月8日に総選挙実施=地元メディア

ワールド

インド貿易赤字、11月は245億3000 万ドルに

ワールド

中国、出産費用「自己負担ゼロ」へ 人口減少に歯止め

ワールド

ロシア中銀、ユーロクリアを提訴 2300億ドルの損
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story