コラム

困難な状況、分断、支持脆弱、それでも「結果を出した」政治家

2020年08月29日(土)13時45分

2000年10月に開催された社会民主労働党の年次総会で Paul McErlane-REUTERS

<僕が何十年もの間、称賛し続けた北アイルランドの政治家ジョン・ヒュームが8月に死去した。彼は異なる対立勢力をつなぎ、解決困難な北アイルランド和平を追求し、限られた政治基盤の中で功績を残した偉大な人物だった>

8月に亡くなったジョン・ヒュームは、僕にとって最初の政治的ヒーローだった。他に僕が熱を上げた政治関係者は、けっきょくは嫌になるか、少なくとも熱が冷めたものだった。でもヒュームへの称賛の思いだけは、何十年もの間、増すばかりだった。

政治においては「できることを遂行することが大事」なのだとしたら、ヒュームは、一見すると解決困難な状況で何を成し遂げることができるかを極限まで見せてくれた。歴史的な「聖金曜日の和平合意(ベルファスト合意)」を成立させるためにはアイルランドとイギリス、アメリカの大勢の人々がリーダーシップや良識や胆力を示す必要があったが、間違いなくヒュームはこの北アイルランド和平プロセスで主導的な役割を果たした。対立勢力の代表で交渉相手だったデービッド・トリンブルと共に1998年、ヒュームがノーベル平和賞に輝いたのも、これが理由だ。

ヒュームはそのキャリアにおいて、3つの極めて重大な特徴を示していると、僕は考えている。まずは、勇気。北アイルランド政治問題は、危険な仕事だった。2つ目に、粘り強さ。彼は和平を進展させるために何十年も尽力し続け、大きな障害に立ち向かい、深刻な挫折にも耐え抜かなければならなかった。3つ目に、展望。この3つの中で最も優れていたのは、彼の展望だ。

1960年代後半に始まりほぼ30年の間、北アイルランドでは政治的暴力がまぎれもない日常だった。「The Troubles(厄介ごと)」と婉曲的に言われる状態が永久的な状況のように見え、2つの正反対の勢力が何の解決策もなしに終わりなき戦いを繰り広げていた。

ヒュームはその先を見ていた。政治的・宗教的分断にもかかわらず、アイルランド人の大多数は平和を切望しているのだと。彼は、さまざまな勢力――アイルランド統一を望むカトリックのナショナリストや、北アイルランドのイギリス残留を望むプロテスタントのユニオニスト、そしてアイルランド政府と英政府――を参加させることで歩み寄りが生まれ、一致点を見いだし、協力して取り組み、そしてひょっとしたら次第に互いを信頼するようになるのではないかと考えていた。

世界の舞台で大国首脳と渡り合う

ヒュームはナショナリストだったが、彼の展望は「統一アイルランド」というより、ユニオニストが猛烈に反対しながらも妥協できそうな「合意の上のアイルランド」だった。その計画においてヒュームはユニオニストに、統一アイルランドへの参加を強制されることはない、と保証した。アイルランド統一が成立するとしたらそれはあくまで民主主義のプロセスなしには起こらない、と請け合った(北アイルランドでユニオニストは多数派を占めるから、ユニオニストはアイルランド統一に事実上の「拒否権」を持つことになる)。

<関連記事:ロンドンより東京の方が、新型コロナ拡大の条件は揃っているはずだった
<関連記事:中国に「無関心で甘い」でいられる時代は終わった

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ステファニク下院議員、NY州知事選出馬を表明 トラ

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、11月速報値は約3年半ぶ

ワールド

イラン大統領「平和望むが屈辱は受け入れず」、核・ミ

ワールド

米雇用統計、異例の2カ月連続公表見送り 10月分は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 9
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 10
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story