コラム

イギリスに汚点を残した「ウィンドラッシュ」問題

2019年11月22日(金)16時45分

何年も前に発覚していたのに放置

僕が心から驚いたのは、この問題については何年も前からたびたびニュースになっていたのに、昨年になってようやく責任が認められたことだ。つまり、英政府が大きな過ちを認め、問題の解決と被害者への補償をやっと約束した。別の言葉で言えば、完全に合法的にイギリスで暮らしていた年配の人々が、国家から嫌がらせを受けて冷遇され、それが分かっていたのに何年も放置されていたということだ。

内相時代に「敵対環境」政策を主導したテリーザ・メイ前首相を非難することは簡単だ。でもそれは、より大きな失敗を意味してもいる。つまり、「常識を採用」する代わりに、想像力のない人々がただ単に「政策を適用」し、恐ろしい結果を招く、といういかにも「官僚主義的」な文化を表しているのだ(映画『未来世紀ブラジル』〔1985年〕で描かれたディストピア世界を思い出させる)。

議員が当然やるべき仕事として、地元有権者たちのために個々にこの問題に取り組んでいた議員もいたようだけれど、これほど重大な不当行為が発覚したからには当たり前のはずの、迅速な政策見直しは行われなかった。ガーディアン紙は、この問題を何度も記事にしてきた。でも2017~18年になるまで、全国的に大きな問題として広く知られることはなかった。

カリブ海諸国の政府は、自国出身の移民たちが苦境に置かれているのに気付き、イギリスにこの問題を提起した。だからこれは「単なる」国内問題ではなく、友好関係にある英連邦の国々にも影響する国際問題だったのだ。

僕はこれを書いている間にも、イギリスを何とか信頼できる安心材料はないのかと探したくなる。やっとここにきて対応が始まり、英政府は正式に謝罪して、経済的補償を検討しているという。最後の最後になって、制度が(ほぼ)正常に機能するようになったのだ。でもこの問題は、多くの人々の一生を台無しにし、イギリスの近代史に恥ずべき汚点を残した。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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