コラム

即位60年、イギリス人にとっての女王とは

2012年02月17日(金)15時19分

 2月6日、イギリスのエリザベス女王は即位60年を迎えた。僕だけじゃなく大多数のイギリス人が、エリザベス女王以外の君主を知らないというのは、改めてすごいことだと思う。

 僕が人生で最初に体験した「歴史的瞬間」は、僕がまだ7歳だった1977年――エリザベス女王の即位25年だった。幼くてまだあまり時間の概念がなかったけれど、それでも25年は長い年月だというのは理解できた。

 もちろん、女王の即位25周年は、記録に残したり勉強したりするようなたぐいの厳密な「歴史」ではないだろう。女王が今や50周年も60周年も通過して、さらにこのまま歴代最長記録を塗り替えそうな勢いだから、なおさらだ。でも僕にとってはとても重要な時だった。この即位25周年はまさに、子供の僕が「イギリス政府とは何か」という事実を理解しはじめた年だからだ。

 女王の夫がなぜ国王ではないのか(僕は国王になるのが当然だと思っていた)、教えてもらったことをおぼえている。女王ではなく、首相と呼ばれる人がイギリスを治めているのだとも教えられた。7歳だった僕は、この退屈で平凡極まりない首相とやらをテレビで見て、この男が女王の権力を剥奪しているのかと怒りをおぼえたものだ。

■イギリスは民主主義国家ではない?

 僕は今でも、イギリス君主制に対して複雑な感情を抱いている。女王が驚くほどの富を持つ人物であり、王族が信じられないような特権を握っていて、さまざまな点で王室が時代遅れになっている、というのは十分承知している。

 僕たちは君主を選挙で選ばないから、イギリスは完全な民主主義国家とは言えない。その上、王室は僕の大嫌いなイギリスの階級社会の支柱をなしている。

 僕はイギリス国歌にも賛同できない。事実上、女王を賛美する歌だからだ。国歌斉唱で起立したくもないし、歌うのを拒否するし、国歌を変えられたらいいのにと思っている(個人的には聖歌「エルサレム」がいいと思う)。そう思う一方で、うまくいっているかぎりは何も変える必要がないと考えている僕は、基本は保守的なんだろうと自覚している(特に、変えたせいで状況がよけいに悪化する場合が多いからだ)。

 君主制にはメリットもある。アメリカで暮らしていたとき僕は、国家元首が国家政治の最高権力者でもあるとは、なんて嘆かわしいことかと思い知った。当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は本当に敵の多い人物だった(僕も個人的に、彼のことは尊敬できない)。だから、彼の政治方針に賛同できないアメリカ人は皆、自分の国の国家元首に対して反感を持つ羽目になる。

■無視できない大きな存在に

 イギリスでは、王室は政治には極力関わらないよう努力している。だからこそ、どんな政治志向を持っているイギリス人であっても、そしてたとえ現政権に批判的な人でも、王室は好意的に見ることができるのだ。

 エリザベス女王の在位が長いために、僕たちが現代イギリスの「君主制」について語ることはすなわち、エリザベス女王について語ることだということになる。彼女について考える時、僕は多大なる尊敬の念をおぼえずにはいられない。彼女はイギリスに「尽くして」いるし、強い使命感を持っていると思う。その行動でイギリスの国際的な評価を引き上げてきた、驚くべき人物だと思っている。

 彼女のしてきたことの中でも特に、僕は昨年のアイルランド訪問に心を動かされた。女王の訪問は、両国の関係改善を物語り、今後の進展を後押しした。

 現在85歳のエリザベス女王はかなりの高齢だが、変わらずハードなスケジュールをこなしている。この国の王室反対論者でさえ、大半は彼女の功績を素晴らしいものだと認めるだろう。心底から君主制を嫌悪する人々は、かえって彼女を手ごわい相手だと感じているに違いない。

 つまり、イギリス人の政治観がどうであれ、この60年で僕たちは「エリザベス女王無き生活」など考えられなくなっているのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story