コラム

リフレ派が泣いた黒田日銀のちゃぶ台返し

2016年02月25日(木)18時00分

 議事録内でポイントとなる黒田氏の発言としては、

「当然、金融緩和は他の事情が一定であれば為替の下落を導きやすい訳です。そうすると、教授が言われたようにデフレ資産を緩和するという意味で好ましいと思います。」

 つまり、通貨価値の下落(円安)→デフレ解消を考えていること。ただし、為替市場で直接ドル買い・円売り介入するのは国際的な批判が大きいことが予想できるだけに、

「為替市場に直接介入して円安をもたらし、それでデフレーションを直そうというよりも、先生が強調しておられたようなさまざまな金融緩和の方が望ましいのではないかと思っています。」

というところでしょう。

 ちなみにこの議事録の中で「賃金」という単語の登場回数は6回、いずれもスティグリッツ氏からとなっています。「所得」は18回の登場で、うち13回がスティグリッツ氏、主に創出や増加といった単語とセットになっているのが確認できます。対して、日本側のコメントで純粋な「所得」が出て来るのはスティグリッツ氏の発言を繰り返す形でのわずか1回、あと4回は「所得税」として登場しています。たかだか1回の議事録の単語数で全てを推し量るつもりは全くありませんが、国民経済目線の政策を目指しているのか、数字上のデフレ解消が先に立っているのかが、透けて見えるようではあります。

【参考記事】マイナス金利は実体経済の弱さを隠す厚化粧

 今回マイナス金利が実施されましたが適応されるのは250兆円ある準備預金のうち30兆~40兆円だけ。引き続き年間2000億円ほどの利子は銀行側に払われるわけですから、実態面からすれば影響は軽微というのが日銀側の説明かと思います。であるなら、マイナス金利はアナウンスメント効果を狙った部分が大きいということの裏返しでもあります。では、何のためのアナウンスメントかと言えば、為替市場における円安効果を狙ってというのが上記の黒田氏の過去の発言からうかがえます。

 さて、円安に如何ばかりの効果があるのか。端的に、円安によって海外資産は嵩が増しされてよろしいということはあるでしょう。しかし、これは一部への恩恵にはなり得ても、国民経済全体にまんべんなく効果が及ぶものではありません。そして、当初喧伝された円安効果が今回のステージで輸出にはほとんど見られなかったことは既に周知の事実。その一方で原材料費など輸入に依存しているものは円安では価格高騰となります。今回、国際市場での原油価格の大幅な下落があったからこそ(その意味において本当に安倍政権は強運だったと思います)とんでもない国内のガソリン価格の高騰などに見舞われず、国民生活は難を逃れたとも言えます。「円安をもたらし、それでデフレーションを直そう」とは仰いますが、数年前の1ドル75~120円台までの急激な円安をみてもデフレは解消もしていません。であるとすれば、何のための円安政策なのか?

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

オランダ中銀総裁、リスクは均衡 ECB金融政策は適

ワールド

お知らせ=重複記事を削除します

ビジネス

高市首相、18日に植田日銀総裁と会談 午後3時半か

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story