コラム

弱者を弱者に甘んじさせないために

2015年08月25日(火)17時45分

 25周年の記念式典のスピーチの冒頭でオバマ大統領は開かれた社会こそが米国の活力になることについて四半世紀を経て、あらためて強調していました。そして、「equal, not subhuman (平等であり、人間以下ではない)」との意識を徹底するため、単なる障がい者保護に留まらず、障がい者の就労にもスピーチは及びます。聴覚障がい者としては初めてホワイトハウスでの受付業務に就いたLeah Katz-Hernandez氏。彼女の日常業務は手話通訳者を介して行われています。ADAの下では彼女は当然の権利として手話通訳を要求することができ、サポートを得た上でのその職務遂行能力が高く評価されているのです。かようにADAによって障がいを抱える何百万人ものが職につけ、家族を養うことが可能となってきました。しかし、その一方で依然として働きたくてもそして働けるのに働けない人たちがいるのも事実で、こうした障がい者の権利の追求は米国人のためだけでなく、人類全体の権利であるとも述べています。
 
 印象的だったのは30代から多発性硬化症を患った義父に話が及んだ部分です。オバマ大統領が義父に知り合った頃には松葉づえ(オバマ大統領のジェスチャーから察して、恐らく左右2つ)を必要としていたこと。ADAのない時代に職に就き、一日も休まないどころか、支度をするのも一苦労であるのに一度たりとも遅刻なしで出勤し、家族を養っていたこと。息子のバスケットの試合開始の45分前には混雑を避け会場に行き、松葉づえの自分が邪魔にならないようにと配慮しながら息子の応援をしたこと。大統領自身がそうであったように、義父の存在によって障がい者への理解が深まり、開眼した人たちが多かったこと。障がいのある人たちの障壁を取り除くのがそれ以外の人間の役割であり、それがいかに重要であるかを説きます。
 
 15分弱のスピーチでは原稿に度々視線を落とすしぐさが見受けられたのですが、最後の数分ですが、障がいはオバマ大統領にとって他人事ではないとの話では原稿に目を落とすことはありませんでした。後に公表されたスピーチ全文からその眼を落さなかった部分を抽出したのが下記です。
 



余談ではあるけれど、長い間、彼(義父)は電動車椅子を手に入れることができなかった、というのも彼がこの障がいを患っていた時代には高価で手に届かなかったからで、彼ら家族は裕福ではなかったし、保険が常にカバーするようなものではなかったから。

もう少し付け加えると、ミシェルと自分は時々、義父がもっと多くのことが出来たのではないか、もっと認められてもよかったのではないかという話をするんだ。彼は素晴らしい父親であり、仕事場でも十分素晴らしい仲間で、と同時に彼は自分が出来ることと出来ないことについてとても気を付けていた。それは彼が何かを出来ないからではなくて、家族に不便をかけたくない、周りに迷惑をかけていると見られたくないという気持ちからだった。

これが、この法案が通る前の、驚く程強い意思を持っている人々であったとしても、障がいを抱える人たちの姿だった。肉体だけの障壁ではないんだ。何をすべきで何をすべきでないかその人に無理強いをしてしまうものなのだ。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中閣僚貿易協議で「枠組み」到達とベセント氏、首脳

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story