コラム

アメリカで起きている偽情報対策へのバックラッシュ

2023年07月03日(月)19時45分

政争以外にも国内の問題はいくつもある。たとえばSNSプラットフォームへの優遇措置であり、それらを通じて世界各国に甚大な被害をもたらしていることだ。現在、アメリカではSNSプラットフォームへの批判が続いているが、世界中に甚大な被害をもたらしているサービスは中断されることなく継続している。インドはフェイスブックの無料インターネットサービスを自国内から排除したし、アメリカ自身もTikTokを排除しようとしている。もし、被害が深刻であるなら打つ手はいくらでもある。

アメリカで起きている偽情報対策へのバックラッシュは、単純にカルト化した共和党が大統領選をにらんで過激な活動に走っているだけではない。根本的にアメリカでは政策レベルで効果のある偽情報対策を立案実施できない状況に陥っていることを示している。現在できるのは政争に効果のある偽情報他作だけなのだ。

誤った方向に進む欧米の偽情報対策

イギリスではオンライン安全法が議論されている。世界各国において政治と法律の場で偽情報対策が議論され、新しい制度や組織が確立されてゆくだろう。しかし、おそらくそのどれもが本質的には対症療法であり、問題を解決することはないだろう。特に問題なのは政策だ。

窃盗を公正に罰し、社会の秩序を守るのは司法の役割だが、窃盗にいたった原因を明らかにし教育や福祉によって犯罪の発生そのものを抑止するのは政治の役割だ。現状の偽情報対策において後者には全く手が付けられていない。後者がそのままであれば、今回の共和党による偽情報対策への攻撃のように問題は形を変えて発生し続ける。

偽情報や陰謀論がはびこる大きな原因は格差であると以前書いた。政治、経済、文化的に不可視化された低所得層の人々の反発であり、現状の社会に対するNOの提示なのだ。しかし、格差が政治的選択の結果である以上、格差があることを認め、是正することは困難である。その結果、対症療法に留まり、政争の材料にしかならない提案しか出てこないことになる。日本政府が同じ轍を踏まないことを祈りたい。今のところ、轍どころか川ができるくらい深い溝を作りそうな勢いを感じるのだが。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦争を警告 米が緊張激化と非難
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story