コラム

ウクライナ侵攻から1年、世界の半分以上はウクライナを支持していない

2023年03月06日(月)13時04分

フォーリンポリシー誌ではエマ・アッシュフォードが、2つのグループ(グローバルノースとサウス)をはっきりと分けて考えているとしたうえで、我々が見ているのはグローバルノースの努力と成功に焦点をあてたきわめて勝利主義的な物語だと述べている。

これまでグローバルノースは「民主主義」を標榜し、経済制裁などを関係国に強要し、強い絆を誇示してきた。グローバルサウスは多様であり、グローバルノースのような強い絆はなかった。しかし、最近インドのようにことさらグローバルサウスの結集を強調する国も出て来た。グローバルノース主流派とグローバルサウスの対立は悪化し、グローバルサウスの多くの国はロシアよりになってきている。ウクライナ侵攻当初よりもグローバルサウスはグローバルサウスであることを意識し、グローバルノースとの溝は深まっている。

南北問題、アドテック、SNS、移民兵器、陰謀論、過激派、すべてがデジタル影響工作のツール

今回目を通したレポートからわかるデジタル影響工作上の問題はさらにある。
グーグルを始めとするネット企業がロシアよりの情報発信を行っているサイトに広告を配信し、資金を提供していた。侵攻後、こうしたサイトは倍増している。

ロシアのデジタル影響工作によるナラティブの拡散をSNSプラットフォームは抑制しようと試みた。フェイスブックにおいては劇的な効果があったものの、ツイッターでは効果がないどころか増加しており、SNSプラットフォームの対応による差異が明確になった。また、大手プラットフォームによる規制を行っても他のプラットフォームに逃げるだけで、逃げた結果かえってアクセスが増加したという事例も報告されている。そもそも大手SNSプラットフォームでの規制に効果がないことは、2021年1月6日のアメリカ連邦議事堂襲撃事件で明らかになっている。SNSプラットフォームの規制が効果的でないことが今回も露呈した結果となった(というよりも本気でやる気がない?)。

表中の「移民兵器」とは、武装化した移民という意味ではなく、なんらかの方法で相手国に移民を送り込むと脅しをかけて、相手国を譲歩させたり、協力や支援を取り付けたりすることである。1951年の難民条約ができて以来、少なくとも81回移民兵器が使用されており、半数以上は成功し、4分の3では目的を部分的に達成したという。制裁措置や、部分的な戦争、強制的な外交の成功率が40%程度であることを考えると、きわめて高い成功率だ。しかも、移民兵器の人数や相手国の能力とは関係ない。通常、移民兵器になりうるのは、欧米以外の国からの移民だけである。なぜなら移民兵器は相手国の偏見につけこんだものだからだ。移民兵器の規模から考えて、受け入れることに大きな問題はなく、相手政府が気にするのは国内の感情的な反対である。そのことは逆説的に大量のウクライナの人々を各国が受け入れていることからもわかる。

これまでの移民兵器とは異なり、ウクライナ移民は受け入れられることで相手国の負担を増加させ、社会を不安定にする効果を生み出し、デジタル影響工作が効果を発揮する土壌を作る。また、同時にこれまで移民や難民の受入を拒まれ続けてきたグローバルサウスの人々にグローバルノースへの不信感を募らせ、ロシア発のナラティブに共感しやすい土壌を作った。

アメリカ連邦議事堂襲撃事件、ドイツのクーデター未遂事件、ブラジルの暴動と陰謀論などの過激派の事件が相次いでいる。以前の記事に書いたようにこれらに関係した人々とロシアには関係がある。ロシアと中国はコロナ禍でQAnonなどの陰謀論、白人至上主義、反ワクチン論者などの主張を拡散し、結びついた。その結果、ロシアのウクライナ侵攻と同時に世界各地の陰謀論者、白人至上主義、反ワクチン論者が一斉に反ウクライナ、親ロシアの主張を発信したという背景がある。

アメリカ連邦議事堂襲撃事件に対するロシアのデジタル影響工作の効果を評価するのは難しいが、ロシアの拡散によってこれらの集団が前述のアドテックから収入を増加させることができ、活動を維持、拡大できたことや、ウクライナ侵攻後に親ロシアの発信を行ったことから一定の効果があったと考えてよいだろう。このへんの事情は拙著『ウクライナ侵攻と情報戦』にくわしく書いた。

以上のように、ウクライナ侵攻から1年経ち、専門機関の多くは自分たちの見てきた世界が限定されていたものであったことに気がつき、その反省を踏まえて新しいアプローチを模索しはじめている。デジタル影響工作はフェイクニュースなど狭い領域の話に思われがちだが、世界の歪みを凝縮した広範な世界なのだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

サマーズ氏、公的活動から退くと表明 「エプスタイン

ワールド

米シャーロットの移民摘発、2日間で130人以上拘束

ビジネス

高市政権の経済対策「柱だて」追加へ、新たに予備費計

ビジネス

アングル:長期金利1.8%視野、「責任ある積極財政
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story