コラム

アメリカ軍のデジタル影響工作はなぜ失敗したのか?

2022年10月03日(月)15時59分

以前からMeta社とツイッター社は軍がデジタル影響工作を行っていることを発見していた......Smederevac-iStock

<デジタル影響工作において、ビッグテックの提供するプラットフォームの利用は欠かせないが、そこでは反アメリカ的な主張が優遇されている現実がある......>

アメリカ中央軍の失態

アメリカ軍が5年間にわたって行っていたデジタル影響工作とその失敗が、グラフィカ社とSIO(スタンフォード大学インターネット・オブザーヴァトリー)によって暴かれた。この作戦はアメリカ中央軍によるものであることが判明し、コリン・カール国防次官は活動の全容を公開するように指示した。

レポートが公開されたのは2022年8月24日だが、もっと以前からMeta(旧フェイスブック)社とツイッター社は軍がデジタル影響工作を行っていることを発見しており、2020年には国防総省に軍の関与などへの懸念を伝え、「わが社が発見できるということは、敵も気づくということです」と中露が軍の行っている作戦に気づいている可能性を指摘した。少なくとも2年前には、ばればれの状態だったということだ。

結局、Meta社とツイッター社は2022年7月と8月にアカウントを削除し、そのデータをグラフィカ社とSIOに提供し、今回のレポート公開となった。その際、Meta社とツイッター社は軍に配慮したのか、影響工作の主体を明示しなかった。

2019年後半、拡大する中露イランのデジタル影響工作に対抗するための施策がアメリカが検討され、その一環として軍がデジタル影響工作を行うことを可能にする1631条が制定された。当時の軍の関係者はこの変化を喜び、防衛企業も契約を取るために動き出した。しかし、軍は実行するための知見に欠けており、他の諸機関との調整もできず、そのためのトレーニングも受けていなかった。それまでは国務省やCIAのものだった領域に軍も手を出せるようになって喜んだのだが、その結果がこのていたらくであり、国務省やCIAは渋い顔をしている。彼らが実施している作戦にも悪影響が出かねないからだ。

法的な問題はないが、民主主義を標榜するアメリカがロシアと同じことをしてよいのかという問題もあり、関係各所で物議をかもしれている。日本でも似たような構想があるが、まったく物議をかもしていないのは対照的だ。

作戦の概要

グラフィカ社とSIOは、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムと5つのSNSを調査し、中東と中央アジアで親欧米のナラティブを広げるためのデジタル影響工作を特定した。

誤解があるといけないので、基本的なことをご説明しておく。Metaなどの企業は、偽情報をデジタル影響工作などの不正活動の特定において重要なものとは考えていない。Metaが問題行動をCIB(Coordinated Inauthentic Behavior)と呼んでいるように、協調して不正な活動(不正なアカウントの使用、ボットによる拡散など)を行うことを指す。

フェイクニュース、偽情報以外にもさまざまな手法があり、それらに共通するのは数のアカウントにまたがる協調的な行動であることから、そこに注目するようになっている。フェイクニュースや偽情報に騙されないようにしようという主張は絶えることなく続いているが、デジタル影響工作に対しての効果はほとんどなく、雨乞いのような儀式に近い。

一連のデジタル影響工作では過去に用いられたほぼ全ての手法が用いられていたことがわかった。軍や受託した防衛企業が予算をふんだんに使って嬉々として作戦にいそしむ姿が目に浮かぶようだ。しかし、ほとんど効果がほとんどなかったうえ、Meta社とツイッター社に発見されるという失敗に終わった。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に

ワールド

再送-トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と

ビジネス

アングル:解体される「ほぼ新品」の航空機、エンジン

ワールド

アングル:汎用半導体、供給不足で価格高騰 AI向け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 7
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story