コラム

新疆ウイグル問題が暗示する民主主義体制の崩壊......自壊する民主主義国家

2020年11月13日(金)14時30分

民主主義が衰退してきている

誤解があるといけないので申し添えておくと、中国を支持する国々は遅れているから非民主主義的なのだ、という単純な話ではない。民主主義の洗礼を受けた後で非民主主義になっている国も多い。『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』(スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジラット、新潮社)では、現代においてはクーデターなどではなく選挙において権威主義的候補者が当選し、権威主義化が進むと指摘している。また、『民主主義がアフリカ経済を殺す』(ポール・コリアー、日経BP)では、アフリカの多くの国で先進諸国が強引に民主主義化を進めた結果、貧困と混乱を招くことになったことが分析されている。

香港や新疆ウイグルの問題で中国が多数派を握れるのはひとつには一帯一路を中心とした影響力の拡大があるが、それよりも重要なのは民主主義が衰退してきていることだ(ハーバービジネスオンライン、2019年4月20日)。世界の民主主義の状況を示す指数として民主主義指数がある。Economist Intelligence Unit(英エコノミスト誌の研究所)が2006年から公開している指標で、世界167カ国を対象に、選挙の手続きと多様性、政府機能、政治参加、政治文化、人権という5つのカテゴリーを指数化している。

このうち選挙の手続きと政治参加以外のカテゴリーは指標ができた2006年以降、悪化の一途をたどっている。中でも政府機能(透明性、説明責任、腐敗)、人権は5つのカテゴリーの中でも最低スコアとなっている。人権が急速に低下しているのと対照的に政治参加は急速に上昇している。これは抗議活動が活発になっている影響(抗議活動も政治参加のひとつである)と考えられ、分断が広がっていることを感じさせる。

デジタル権威主義の比較から見える民主主義の終焉

過去に取り上げたデジタル権威主義に関する記事を横断的に比較すると下表のようになる。

ichida1113bb.jpg

ご覧いただくとわかるように、監視やネット世論操作、国民管理という面ではアメリカや日本はデジタル権威主義3国より遅れている。これらは民主主義的価値観とは相容れないものと考えられているためである。導入されているものもあるが、多くの反発があることはこれまでの記事で紹介した。個別の国の詳細については、バックナンバー、私のブログをご参照いただきたい。

だが、これらの技術を他の国が利用して効率的、効果的に統治を行っているとすれば、使わない国はさまざまな面で遅れを取ることになる。民主主義的に利用する方法、あるいはこれらを許容する新しい民主主義のあり方が分かれば、アメリカや日本でも効率的、効果的に利用できる。それがないために、新しい技術を充分に使いこなすことができない。その一方で民間部門では利用が進み、それが政府やこれまでの民主主義的価値観と摩擦を起こしている。

世界の冨とデータを握るフェイスブックは創業16年前、グーグル22年前だが、あっという間に世界に普及し、社会を変えてしまった。一方、民主主義はその間、ほとんど進化してこなかった。行政のIT化が進んだくらいで、事務処理の範囲である。警察や軍事でも利用は進んでいるが、そこには本来あるべき基準や倫理が確立されておらず、むしろ民主主義に逆行しているのはこれまでご紹介した通りだ。

SNSは個人の社会参加のあり方を変え、リアルな活動も変化させた。SNS上で極論主義や陰謀論が拡散し、それがリアルの集会やデモにつながった。民主主義指数で政治参加が上昇しているのはこれと無縁ではないだろう。監視技術、認証技術は個人の活動や心の動きまで把握し、未来の行動を誘導できるようになった(「あなたの知らない「監視資本主義」の世界」2020年10月21日)。なお、本稿では「監視資本主義」を以前の記事で紹介したShoshana Zuboffが著作で提示した意味で使用している。Netflixのドキュメンタリーで使われている、SNS依存症をもたらす企業という意味ではない。くわしくは以前の記事をご覧いただきたい。

これらの変化は社会や政治に大きな影響を与えている。世界のほとんど全ての選挙でネット世論操作が行われ、SNSは政治の重要な舞台となった。こうした動きをリードしているのは民間企業だが、かれらは規制によって自由が奪われるのを恐れてロビイスト活動に精を出して社会制度が追いつくのを邪魔している。監視資本主義の代表的な担い手であるフェイスブックの利用者の70%は欧米以外=アジア、ラテンアメリカ、アフリカである(ハーバービジネスオンライン、2019年5月8日)。かれらは民主主義国家が衰退しても、やっていけるだけの利用者を非民主主義の国々に確保しているのだ。まだその地域からの利益は多くないが、それも時間の問題だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story