コラム

アメリカ大統領選は、ネット世論操作の見本市 その手法とは

2020年10月02日(金)18時15分

・デジタル・マーケティングの活用

2016年の選挙でトランプが選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」を使ってマイクロターゲティングを行ったことは有名だが、最初にこの手法が導入されたのは2004年の大統領選で共和党のブッシュ陣営によってだった。共和党が構築したデータベースは「データ金庫室」と呼ばれていた(AI vs.民主主義: 高度化する世論操作の深層、NHK出版、2020年2月10日)。その後、民主党のオバマはターゲティングに加えてSNSも活用して選挙戦を戦った。

ケンブリッジ・アナリティカは、単に候補者の支持を高めるだけでなく、対立候補への投票を抑制したり、ボランティアの参加意欲を低下させたり、分断を促進したりしていた。具体的な内容については、同社の元メンバーが『告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル 』(ハーパーコリンズ・ ジャパン、ブリタニー・カイザー、2019年12月20日)や『マインドハッキング: あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社、クリストファー・ワイリー、2020年9月18日)などで暴いている。ブリタニー・カイザーはNetflixのドキュメント『グレート・ハック』の中心人物でもある。

トランプ陣営が最初に契約した外部の個人情報データベースL2は、オバマの元SNS戦略マネージャーが設立したヘイスタックDNA社からデータを購入していた。ケンブリッジ・アナリティカの元従業員は2016年のトランプ陣営のキャンペーンのほとんどの決定はオバマのキャンペーンから得たものから導かれていたと語った。ただしオバマの元SNS戦略マネージャーは否定している。

ケンブリッジ・アナリティカはすでに存在しないが、元メンバーが作った新会社Data Propriaは2018年に共和党と契約したことを認めている。ただし2020年の大統領選については認めていない。しかし、同社の親会社であるCloud Commerceの役員にはトランプの選対本部長(その後、職を追われた)が名前を連ねていた(AP、2018年6月15日)ことから関与が疑われている。

ただし、ターゲティング広告について、ツイッターやグーグルなどのSNS企業は否定的に見ており、今後規制が強まる可能性が高い(CSMonitor、2019年12月17日)。以前からフェイスブックでは広告の制限が始まっており(Forbes、2018年7月27日)、今後はさらに厳しくなることが予想される。

もともとはデジタル・マーケティングで先行していた民主党だが、トランプ陣営には遅れを取っている。そこで2018年の中間選挙では、テックフォーキャンペーンという企業が設立され、シリコンバレーの技術者を中心に民主党のデジタル・キャンペーンの仕組みが作られた。この支援を受けた候補者は200人にのぼるという。ただし、それでもまだ民主党はデジタル・マーケティングに必要な個人データベースの整備が不十分で大きく遅れを取っている。

・プロキシの活用

政党や政治家自身にとって都合のよいネット世論を作るために利用されるのが、プロキシである。ほとんどはニュースサイトの体裁を取っている(インターネット放送局やブログのこともある)。政権を支持し、差別、偏見、陰謀論などに基づくニュースを発信している。こうしたサイトがネット上にはいくつも存在する。プロキシとは「代理」という意味で、政権に代わって過激な主張を行う役割を果たしている。複数のサイトで拡散することで、あたかもそれが多数派あるいは事実であるかのように錯覚させる効果もある。ロシアがネット世論操作で用いていたメディア・ミラージュと同じだ。以前、ロシアのネット世論操作をご紹介した時もたくさんのプロキシがあることを指摘した。アメリカでも同様である。

プロキシには、さまざまなタイプがある。FOXニュースのような大手メディアもプロキシになるが、中心となるのはブライバートのような濃厚な差別、偏見、陰謀論に満ちたニュースサイトや、QAnonのような陰謀論を流布するグループである。ちなみにブライバートはAlexaのランキングでアメリカ国内50位となっている(2020年9月27日)。49位はMsn.com、48位はPornhub.comなので、よく利用されているサイトと言ってよいだろう。2016年11月にはCNNやThe New York Timesなど主要メディアよりもエンゲーメント数で上回っていた。前掲のCrowdTangleで確認したフェイスブックのメンションでもブライバートは2位となっている。偏っているが、影響力の大きいメディアなのだ。

トランプ陣営はこれらのプロキシに対して、友好的な関係にあることを世間に示すことである種のお墨付きを与え、相互で発言を拡散し合っている。Pew Research Centerの調査によればアメリカの成人の68%がSNSでニュースを見ており、43%はフェイスブックで見ている。SNS特にフェイスブックでの露出を広げることが重要なのだ。そう考えると、冒頭でご紹介したCrowdTangleで見たフェイスブックのトランプおよびプロキシへの反応の多さは強みになる。

加えて同じPew Research Centerのアメリカ人のYouTube利用に関する調査では、アメリカ人の4分の1がYouTubeでニュースを見ており、72%が重要なものと認識している。そして2019年12月、YouTubeでトランプに焦点を当てた動画は全体の4分の1を占めており、フェイスブックに続くニュース媒体であるYouTubeでもトランプが圧倒的な存在感を持っていることがわかる。

民主党でもトランプ陣営に対抗するために、政治団体とは資金のつながりのない形でライターを集め新たに左派のサイトを作った。民主党内部でもトランプ陣営のやっていることの模倣だ、という懸念も出ている。

・動画の活用

敵対候補の攻撃などあらゆることにフェイクニュース同様にビデオを利用することができる。たとえばバイデンの動画に細工をしてツイッターで拡散して、ツイッター社から「操作されたメディア」というラベルを付けられた。今後、ディープフェイクを含めたビデオがネット世論操作の道具として広く使われるようになるのは間違いない。

アメリカの大統領選において、多彩なネット世論操作の手法が用いられ、見本市のような様相を呈していることがおわかりいただけたと思う。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 4
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story