コラム

ロシアがアメリカ大統領選で行なっていたこと......ネット世論操作の実態を解説する

2020年08月19日(水)17時30分

アメリカ国務省グローバル・エンゲージメント・センター(GEC)の報告書に取り上げられているプロキシの例を整理したのが下表になる。プロキシは多数存在し、相互に参照、拡散を行っており、ここに挙げているのは、その一部である。

ichida0819cc.jpg


ネット世論操作は後述するサイバー攻撃などの攻撃と連動して行われることもある。ネット世論操作はあくまでハイブリッド戦の一部なのである。ハイブリッド戦としてのネット世論操作については、前掲のランド研究所の『Russian Social Media Influence』および後述の『The Kremlin's Trojan Horses』3部作にくわしい分析がある。

もっとも有名なネット世論操作は2016年のアメリカ大統領選へのネット世論操作活動だろう。この件を調査していた特別検察官ロバート・マラーは2018年2月18日に起訴状を提出した。起訴された企業は、IRA、CONCORD MANAGEMENT AND CONSULTING LLC、CONCORD CATERINGの3社で、後の二社は個人でも起訴されたエフゲニー・プリゴジンの会社であり、IRAに資金を提供していた。

アメリカ大統領選へのロシアの干渉についてはいくつかレポートがあるが、2018年12月にフェイスブック、インスタグラム、ツイッターおよびグーグル関連会社が提供したデータをサイバーセキュリティ企業New Knowledge社と、前出のオクスフォード大学ネット世論操作プロジェクトが分析し、アメリカ上院情報活動特別委員会に提出したものは中でも詳しいもののひとつだ。そのふたつのレポートの要旨をかいつまんでご紹介する。ふたつのレポートについての詳細は、ScanNetSecurityがくわしい。

ichida0819c.jpg

IRAはデジタルマーケティング手法 マイクロターゲティング広告を駆使してネット世論操作を仕掛けていた。主なターゲットは黒人で、次いで右(保守)と左(リベラル)。黒人向けの広告は効果が出やすいというだけでなく、広告料金が安いというメリットもあった。性別では主に男性をターゲットにしていた。年齢別、地域別にも細かくコンテンツや訴求ポイントを変えていた。SNSプラットフォームごとに仕掛けるタイミングやピークを変え、内容やターゲットも変えていた。さまざまなネット世論操作の手法を組み合わせていたこともわかっている。

IRAは大きく3つのポイントを中心に訴求していた。トランプ支持、反ヒラリー、選挙妨害だ。選挙妨害にはさらに2種類あり、反トランプあるいはヒラリー支持者に対して「選挙なんて意味がない」と訴えてボイコットさせるものと、投票方法や投票場所など間違った情報を流して投票できなくさせようとするものだ。

ichida0819f.jpg

メディア・ミラージュとは、WEBサイトと各種SNSプラットフォームを連動させ、ひとつのブランド(実は存在しない)などを露出することで、その信憑性を高めるやり方である。「なにかを調べる際は複数の情報源を参照するようにすべき」とはよく言われることだが、それを逆手にとった形だ。一般に言われているフェイクニュースを見破る方法は五年以上前にIRAは対処済みであり、そこにも罠を仕掛けている。

特にIRAが作ったニセものの地方紙(アメリカでは地方紙に対する信用が高い)のサイトで同じ情報が掲載されていたり、ある程度有名なサイトで紹介されていたりすると信用しがちだ。しかし、そこにはトリックがある。IRAの捏造サイトで有名サイトやブログを紹介すると、相手がそのお礼にIRAのサイトを気軽に紹介し返したりすることがあるのだ。このテクニックによってIRAは巧みに投票者の信用を勝ち取っていた。

IRAはアメリカ大統領選挙の数年前からすでに活動を開始しており、ミームを多用していた。ミームを研究し、ターゲットごとに最適のミームを使用していた。

現地の協力者=ホームグロウンのリクルーティングも行われていた。ホームグロウンを検知するのは難しいうえ、言論の自由の問題にも関わってくる。アメリカに住むアメリカ人が法に触れない範囲でIRAの主張を広めることを止めるのは難しい。

右派、左派および黒人に対してリクルーティングを行っており、主にターゲットとなったのは黒人だった。黒人教会の聖書者へのコンタクト、セックス依存症の無料カウンセリング、ビラ配りのボランティア、自衛クラスのボランティア、無料の自衛クラス、政治集会への参加など、さまざまなコンタクトの入り口を設けていたことがわかっている。セックス関連など恥ずかしいことや金銭面で困っている人のためのホットラインを作り、そこで得た情報をもとに脅迫し、協力させる。

もともとネット世論操作の要諦のひとつは、いかにして現地の人間をうまく動かして、現地発の活動として盛り上げるかである。金で現地の人間を雇ってトロール化するのは、その延長線上にある。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:「ハリー・ポッター」を見いだした編集者に

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story