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ドナルド・トランプとアメリカ政治の隘路
しかしながら、すでに社会主義的な正義は冷戦終結とともに崩壊しており、またグローバル化の流れの中で一国単位の富の再配分はあまり意味をなさなくなります。所得税や法人税を増税すれば企業は海外移転、高額所得者は海外移住して、空洞化が起こって税収は更に悪化します。もしも増税をせずに、再配分政策を行えば財政赤字が拡大するだけです。そのどちらも、現実的な政策として困難であるとすれば、米英両国では新自由主義的な政策を続けるしかありません。それは、It's economy, stupid!と語ったビル・クリントンも、「第三の道」を語ったトニー・ブレアも、政権を取ってからは結局は前任者たちの新自由主義的な政策を修正できずに、多くの低所得者層や貧困層を失望させたことにも象徴されています。
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その結果として、低所得者層や貧困層の白人男性たちは、かつての豊かな社会を創造しながら(それは必ずしも現実のものではありませんが)、現状に不満を持ち、悲惨な現状をもたらした(と彼らが標的とする)既存のエスタブリッシュメント層や、政治エリート、移民たちに攻撃の対象を設定します。あと、必要なのは、そのような怒りに共感をして、彼らの粗野であまり現実的ではない怒りの感情の受け皿となるような指導者でした。それが、アメリカのトランプであり、バーニー・サンダースであり、イギリスのジェレミー・コービンであり、ナイジェル・ファラージでした。それらの指導者を既存のエリート層が侮蔑して見下すことは、それらの指導者を自らの代弁者と考える低所得者層と貧困層の白人男性たちを侮蔑して見下すことと、同じだと彼らは考えたのでしょう。
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その結果として彼らの怒りが沸点に達して、「革命」を求めるのは不思議ではありません。彼らが求めたのは、理性的に自らの生活の現状を漸進的に改善することではありません。怒りの感情に任せて、彼らの憎しみの対象にダメージを与えることです。それはまた、結果として、自らの生活にダメージを与えることになるのですが、彼らはそれでも構わないのです。自らの生活の質の向上よりも、憎しみの対象を傷つけることの方が、はるかに愉快だからです。ですので、ヒラリーが絶望し、彼女の支持者であるエスタブリッシュメント層や、高学歴エリート、エリート大学の学生たちが悲嘆している姿は、まさにそれらの排除された人々が心から求めていたものであり、ずっと見たかった光景だったのだと思います。
100年前に貴族階級が社会における支配的な地位を失ったように、今回の政治的変化は、基本的に静かな社会革命であって、政治的エリートやエスタブリッシュメントが支配的地位を失うようになる端緒になるかも知れません。よりポピュラーな政治が求められ、政治的エリートや官僚が大衆メディアやポピュリストの政治家の標的になります。この構図は、Brexitとまったく一緒です。
民主主義は深刻な隘路に陥り、根本的な変革や対応なくして困難を解決するのは難しいと思います。もちろんトランプにはそれを成功させる能力はないと思いますが、人々は現状の「継承」よりも「破壊」を求めているのだと思います。破壊の先にあるのは、より深い絶望と、政治的混迷、そしてさらには政治に対する深刻な不信感の増大です。これからの世界は、よりいっそうの混迷と憎悪が満ちてくるのではないでしょうか。
それは、資本主義の危機です。『国富論』を書き、市場原理という資本主義の基本原理を提示したアダム・スミスは、グラスゴー大学の道徳哲学の教授であり、『道徳感情論』の著者でもありました。そこでスミスは次のように書いています。
「人間がどんなに利己的なものと想定されうるにしても、明らかに人間の本性のなかには、何か別の原理があり、それによって、人間は他人の運不運に関心をもち、他人の幸福を――それを見る喜びの他には何も引き出さないにもかかわらず――自分にとって必要なものだと感じるのである。この種類に属するのは、哀れみまたは同情であり、それは、われわれが他の人々の悲惨な様子を見たり、生々しく心に描いたりしたときに感じる情動である。われわれが、他の人々の悲しみを想像することによって自分も悲しくなることがしばしばあることは明白であり、証明するのに何も例を挙げる必要はないであろう。」(アダム・スミス『道徳感情論』第一部、第一編、第一章)
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