コラム

イギリスは第2のオーストリアになるのか

2016年06月27日(月)11時59分

 大国イギリスの自殺。理性的なイギリス国民が、怒りの感情にまかせてそのような決断をして、国家の解体へと動き、国際社会での孤立の道を歩むとは、悲しむべきことです。

 第一次世界大戦の際にも、国際社会はハプスブルク帝国の解体を回避しようと努力をしました。とりわけチャーチルは、ヨーロッパ大陸の中心でハプスブルク帝国が解体して「力の真空」ができれば、中東欧の不安定化と、ドイツの膨張主義に繋がり、戦争になることを懸念していました。今度もまた、ドイツの影響力は膨張して、ヨーロッパの不安定化に繋がり、それはチャーチルが生きていれば嫌悪したことであったでしょう。

「ヨーロッパ合衆国」を1946年に語り、統合を求める欧州統一運動のリーダーであった大国イギリスの指導者のチャーチル。そのチャーチルについて、そのヨーロッパ統合を停滞させて、大国イギリスを解体へと導こうとしているボリス・ジョンソンが伝記を書いていることは、なんという皮肉でしょう。

 大国の死が、国際情勢の変化や経済構造の変動ではなくて、劣化した民主主義と、間違った政治指導により導かれることは、なんとも悲しむべきことです。

 そしてそのようになってしまったのは、三人の指導者の責任だと思います。その三人とも、政局的な判断から、イギリスの国益や世界の安定を損なうような愚かな決断を行ってしまいます。

【参考記事】年表:イギリスがEUを離脱するまで(1952-2016)

 かつてEU残留派であったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は、古くからの盟友であるキャメロン首相をその地位から引きずり下ろして、後継の首相になるもっとも合理的な方法として、今年の2月にEU離脱派に衣替えをしました。そして、キャメロンを引きずり下ろして後継の首相になるという、見事にその目的をいま果たそうとしています。

 また、かつてEU離脱派であったジェレミー・コービン。保守党政権の緊縮政策により格差が広がり貧困が広がったとして、低所得者層がキャメロン首相に反発するのは当然であるかのような政局的な行動をとって、EU残留派が主流の労働党をきちんと牽引することができませんでした。労働党内では、かつて離脱派であったコービンが精力的に残留のためのキャンペーンを行わなかったことが、残留の票が上積みされずに敗北した原因であると、党首辞職を求める圧力が勢いを増しています。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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